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仏教解説

49 仏教とはなにか -経典- ①

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 現在仏教の聖典は色々な言語で書かれたものがありますが、最も量の多いのは漢訳とチベット語訳の大蔵経で、多少出入りはありますが、量と質ともにほぼ匹敵します。モーコ語や古代満州語の大蔵経は大体においてチベット大蔵経をそのまま翻訳したものです。

 漢訳の大蔵経は、はじめからまとまった収録として編集されたものではありません。西暦二世紀の中頃、中央アジアから来た仏教僧が個々の経典を翻訳したのを手始めに、後には中国僧またはインドから来た僧侶の手で段々と訳されてきたものが集積し、これが十世紀(宋代)頃まで続きました。大蔵経という形で刊行されたのは九百七十一年から九百八十三年に木版で完成したのが最初です。これは元来バラバラに翻訳されていたものを系統立てて編集したのでした。

 チベットに仏教が入ったのは七世紀始めで、ここでも聖典を得るに随って次々に訳し、後に大蔵経として編集しましたが、中国の場合と異なることは始めから王室の事業として企画され、必要に応じてあとから補充したり改訳したりして、いつもまとまりを考慮に入れていました。この点中国の訳経事業が、たとえ国家の支持を受けていた場合でさえも、個人的な枠の中の仕事で、経典の選択が偶然に支配されることが多かったのと事情が違います。ただし五百年近くも歴史が古いので漢訳資料もまた重要であることは言うまでもありません。

 以上に挙げた経典の系統の他にもう一つ別の大蔵経(普通は三蔵)があります。それはセーロンに伝えられビルマ、シアム、カンボジアなど東南アジアに行われているところから「南伝」とよばれ、量から言えば漢訳やチベット語訳よりもずっと少ないですが、質的でいえば非常に重要です。その用語をパーリ語といい、現在でもこれらの諸国では、そのまま元の言葉で読みもし、研究もしています。南伝大蔵経の特色は、後世に書かれた注釈や史伝などの部を別にすると、一貫した方針で編集されている点です。もちろん細かい点では内部に矛盾した記事も見出されますが、とにかく仏教のうちのある特定の一系統の伝承を伝えたものです。これに反して、漢訳やチベット語訳の大蔵経は、色々な派の伝承や説を一緒に集めています。

 以上の他に主としてネパール、チベット、中央アジアなどで発見されたサンスクリットの原典も知られ、その主になるものはすでに前世紀依頼出版されました。このうちにはきわめて重要なものも多いですが、なにぶんにも前記の大蔵経に比べると量の点が微々たるもので、もとより大蔵経というほどではありません。その他中央アジアの様々な方言(現在では全て死語)で書かれた断片も発見され、歴史的には貴重ですが、仏教の研究資料としてはあまりにも量が少ないのです。

 日本では古くから大蔵経は漢訳で読むのが原則でした。明治時代以後「国訳」が試みられましたがその大部分は漢文の書き下しであって、現代日本文に改めたものは数えるほどしかありません。昭和時代に「南伝大蔵経」の和訳が刊行されましたが、これもやはり大体において古風な文体を用いました。英仏独その他のヨーロッパ語訳も色々出ています。*

*渡辺照宏著 「仏教のあゆみ」
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