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仏教解説

45 仏教とはなにか -アショーカ王- ③

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 アショーカ王は父王が存命中、総督として辺地にいました。最初はタクシャシラー、後にウッジャインに駐在しました。タクシャシラーはインダス河流域にあり、中央アジアからインドの内部に入る通路にあたり、軍事的にも重要な地点で、当時はインド全土においても有数の大都会として知られていました。他にも学術の都として古くから有名で、全土から優秀な青年が集まる場所でした。ブッダの侍医として知られたジーヴァカ(耆婆:ぎば)もここで医学を習得しました。

 ウッジャインはインド西部にあって、マガダ国からアラビア海に出る要衝(大切な地点)にあたります。昔から聖地として知られ、他にも物資の集散地なので、巡礼や商人の交通が多く、文化交流の上でも活発でした。アショーカ太子が総督としてタクシャシラーやウッジャインに青年期の数年を過ごしたことは、おそらくその視野を広げ、進歩的な考え方ができるようになるための貢献をしたに違いありません。

 ウッジャインに在任中に父の危篤の報せを聞き、ただちにパータリプトラに戻り、多少の摩擦を排除して王位に即したのは、紀元前二百六十四年のことでしたが、即位式は二百六十年まで延期されました。おそらく兄弟の中に競争者がいたようでした。

 即位後十年あまりの期間については、あまり記録はありません。北インド全土を掌握した王朝の三代目は、平和の幸せを大いに喜びあっていたに違いありません。この頃の国王の生活は、ばかばかしいほどに贅沢なものでした。調度(生活に使用する道具や器具など)にも、座所にも、乗物にも金銀をちりばめ、多数の侍女に取り巻かれて暮らしていました。朝目を覚ますと、まず侍女にかしずかれ、女の護衛に取り巻かれます。彼女らの取り巻きで派手な行列を作って狩場に行く道は通行止めとなり、立ち入り禁止区域に入るものは死刑にされます。国王専用の狩場が設けてもありました。その他、牛馬の競走、動物の格闘、人間の剣闘など、遊びの数は尽きませんでした。たとえば、馬と牛とを同じ車につないで、三キロ程のコースを走らせ、王と貴族が金銀を賭けて楽しんでいました。動物の格闘には犀(サイ)・牛・羊などが用いられましたが、その中でも彼らの好んだのは象の格闘でした。

 その食膳にはおびただしい動物が供せられました。大膳職(調理人)では、宴会のために、数千の鳥獣を料理しました。その他、国王の好みによって、神に捧げる動物の供犠のためにも、多くの血が流されました。アショーカ王もその在世のはじめ頃は、バラモン教の習慣に従い、特にシヴァ神を信仰していましたので、供犠を絶やさなかったものと思われます。

 アショーカ王が「地獄」を作って、多くの罪人を苦しめたという話も伝えられ、七世紀の中国僧は、その地で地獄の遺跡と称する石柱を見たといいます。しかし、当時の刑法には、ただの死刑の他に火刑もあり、頭と手を焼き、皮膚と頭を焼き、または、水中に溺れさせて殺し、牛に引き裂かせ、その他、手、足、舌、鼻、男根を切り取るなどの規定もあるので、地獄になぞらえられるような刑場もあったのでしょう。*

*渡辺照宏著 「仏教のあゆみ」
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