仏教解説

28 仏教とはなにか -中期仏教- ④

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 次に大乗仏教が成立するまでの過程を見ていきます。

 大乗仏教の成立とその活躍は、仏教史を華麗に内容豊かに盛りたてただけではなく、はっきり言えば、仏教を世界宗教にならしめる力強い原動力となりました。中国・朝鮮半島・日本の、またチベットの仏教、つまり北伝の仏教は、初期経典や部派の論書もその一部に含んでいますが、ほぼ大乗仏教一色となり、特に日本とチベットとの仏教は、それぞれの源流も形態も著しく異なるとはいえども、大乗仏教は、ブッダ・ゴータマが直接に説いた教え(金口の説法:こんくのせっぽう)からは遠く隔たっています。その上に、これまで既にいわゆる大乗非仏説(大乗は仏説に非らず)が、インド、中国、日本で唱えられ、それをさらに自ら否定する大乗仏説の側の自己弁明のみが目立ちます。他には、部派仏教は大乗仏教に関して何も語らず、問題にさえしなかったそうです。それでもなお、大乗仏教は「大乗諸仏の教説」に他ならないところから、前述の主張は「大乗非釈迦仏説」と訂正されなければなりません。

 それと同時に、大乗諸仏は釈迦仏の教説の一部をなんらかの形で継承し、発展させているので、「大乗は仏説」というのもまた正しいといえます。大乗経典のいくつかが取り立てて「仏説」を冠しているのは、これらの事情に基づくものでしょう。また大乗経典は初期経典と全く同じ形式を守り、すでに数百年以前に死亡したブッダの弟子たち(シャーリープトラ:舎利弗、アーナンダ:阿難など)も、ブッダとともに登場する体裁をとっています。それでも、前述したように、大乗経典から直ちに初期仏教またはブッダ・ゴータマの教説を探り求めることは到底できません。

 大乗はマハーヤーナを訳したもので、マハーは大きい、ヤーナは乗り物を意味して当初は教えを示していました。摩訶衍(まかえん)という音写も多いです。大乗の語を最初に用いたのは「般若経」であり、この語は次第に普遍化(個別的な違いを捨て、共通のものもを残すことによって広く通じる概念や法則を作ること)していきます。大乗に対して、小乗(ヒーナヤーナ)の語の使用は、時代も遅れ、範囲もかなり限定されて、内容的にはほぼ有部のみを指します。それを部派一般(初期仏教含む)への呼称としたのは、中国とチベットの仏教者であり、インドでの濫用は見られません。小乗の貶称(へんしょう)は、特殊なケース以外は使用を避けることが望ましいです。

 大乗仏教成立の前史としての大乗仏教運動には、仏教内外の諸事情が指摘されます。そのうち重要な三点を記していきます。

 (1)マウリヤ王朝崩壊後、西北インド全体に大混乱があります。つまり、紀元前二世紀にギリシア人の諸王が次々と侵入して各々王朝を建て、その後にサカ族(シャカ族)、パルティア(安息:あんそく)人、そして紀元後一世紀にクシャーナ族(月氏:げっし)の大帝国が築かれて、それは三世紀半ばまで続きました。

 南インドはインド人のアンドラ帝国が長期間にわたりヒンドゥ文化を保持し、またクシャーナ王朝のカニシカ王のように、仏教を後援し保護した王の統治もありましたが、それらを除くと、異民族の支配を受けた北インドや西インドの住民は、略奪や暴政に苦しめられました。この情況はインドの大叙事詩「マハーバーラタ」の一部に伝えられ、インド人の蒙った悲惨な状況を痛切に詠(うた)われています。外来の野蛮人たちは乱暴狼藉のかぎりを尽くし、人々は憎しみ合い、傷つけ、盗み、奪い、殺すなどの非道に染まったといいます。この様は、成立年代の遅い初期経典(パーリ「長部」中の一部など)にも記録されており、これがやがて仏教の後五百歳(ごごひゃくさい)説に展開したと推察されます。

 後五百歳説は、五百年ごとに区切って、正法(しょうぼう)→像法(ぞうほう)→末法(まっぽう)→法滅(ほうめつ)と、仏教が推移すると説きます。仏教の教(教え)と行(実践)と証(さとり)のうち、その三つとも備わるのが正法で、像法では証が消え、末法ではさらに行までも失われて教のみが残存し、法滅で全て完全に消滅してしまうといいます。先の五百年を千年とする説もあり、後に末法突入が中国(南北朝末期)や日本(平安中期)に盛んに叫ばれたのは、この史観に基づいています。

 ただし外来民族は侵入直後には種々の暴行をはたらいても、支配が長期化するにつれて、それぞれの文化・経済・思想などの相互交流を計る面も合わせもちます。先の時代には、インドのものが西に流れ、中央アジアとそれより西、またギリシアやローマまでの東ヨーロッパの種々がインドに伝えられ、互いに影響し合いました。また外来諸民族が仏教帰依に転じた例も少なくありません。尚、この時代のインドは、外来の権力者のもとでカースト制度の規制がゆるみ、それだけ個人の活動に自由と解放が訪れました。*

*三枝充悳著 「仏教入門」
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