仏教解説

27 仏教とはなにか -中期仏教- ③

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 パーリ語には、スリランカ史を伝える「ディーパヴァンサ(島史)」と「マハーヴァンサ(大史)」が、五世紀前半に成立し、さらにあと十八世紀までを書き加えた「チューラヴァンサ(小王島史)」があります。これらは仏教史としても、政治史としても価値が高く、常に参照されるものです。

 北インドのカシュミールに堅固な根拠を構えた有部は、約二百年間かかって、「発智論」に注釈を施しつつ新しい教学を述べた「大毘婆沙論(だいびばしゃろん)」を完成させました。これは多くの学説を紹介しては厳しい批判を記して、玄奘訳は二百巻になりました。中央アジアからインド中部一帯を制圧したクシャーナ王朝のカニシカ王の名前が、この大著中に引用されていて、巻末の玄奘の「跋(ばつ)」には、ブッダ入滅後四百年カシュミールにカニシカ王が阿羅漢(アラハット・アルハット:尊敬される修行完成者)五百人を集めて三蔵を結集し、その際の論蔵にこの書が該当するといわれています。また、毘婆沙(ヴィバーシャー)は注釈という意味があります。

 この書があまりにもたくさんありすぎで、諸説の羅列も多く、やや組織性を欠いてしまうために、これに続いて、有部の学説を体系的にコンパクトに述べる綱要書が作られ、漢訳に「鞍婆沙論(びばしゃろん)」や「毘曇心論(びどんしんろん)」、その他があります。

 その後、卓越した論師のヴァスバンドゥ(世親:せしん)が出現し、最も優れた論書である「阿毘達磨倶舎論(あびだつまくしゃろん:アビダルマ・コーシャ・バーシュヤ)」を著作しました。彼はまず有部を学び、この書に含まれる韻文六百頌あまりを作り、それは「大毘婆沙論」の最良の綱要書として、有部の人々から絶賛されました。しかしヴァスバンドゥは、後の経量部に転じて大衆部説なども考察にいれて、「理に長ずる宗(根本)となす」という立場から、批判的で詳細なはるかに長い散文を同じ書の中に記しています。漢訳二種、チベット訳、また千九百六十七年に発刊されたサンスクリット本も揃います。

 この「倶舎論」は単に一、二の部派の教説だけではなく、仏教学全般の基本と諸分野にわたる精髄とを、まことに適切に伝えており、その著述直後から絶えることなく現在まで、インド、中国、チベット、日本などの仏教者にさかんに読まれており、全世界の仏教学者の必読書とされています。またヴァスバンドゥは、この後されに大乗仏教に転じて、後に書かせていただく唯識(ゆいしき)についての名著やその他を著作されました。

 「倶舎論」が有部に批判的であることに対して、サンガバドラ(衆賢:しゅうけん)は「阿毘達磨順正理論(あびだつまじゅんしょうりろん)」八十巻を著作して、有部説を強調し、また別に「阿毘達磨顕宗論(あびだつまけんしゅうろん)」四十巻の著述もあります。それでも「倶舎論」は広く読まれて、数種の注釈書がつくられ、またその内容を踏襲した論書に「アビダルマディーパ」などが知られています。

 パーリと有部系との完全な論蔵のほか、法蔵部の論書「舎利弗阿毘曇論(しゃりほつあびどんろん)」三十巻や、訶梨跋摩(かりばつま:ハリヴァルマン)の「成実論(じょうじつろん)」十六巻の経量部系などが、漢訳されて残っています。また、これら以外の多数の部派の多数の論書が玄奘によって中国にもたらされましたが、玄奘訳は有部と大乗との経と論のみで、他は全て失われてしまいました。

 また部派の分裂と各々の教理の大要は、有部の世友(せゆう:ヴァスミトラ)の「異部宗輪論(いぶしゅうりんろん)に記されています。*

*三枝充悳著 「仏教入門」
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