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巡礼

西安を旅して -お大師様並びに玄奘三蔵法師の足跡を辿る- ①

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 昨年(平成二十八年)、いつもお世話になっている方からのご依頼で、中国西安(昔でいう長安)へ、九月一日から九月四日まで行かせていただきました。

 そもそものきっかけは、昨年六月に、四国三十六不動霊場全周参りにお誘いいただいたことからでした。

 昨年の不動霊場参りを終え、何とか大役を終えることができ、ホッとしておりましたところへ、「来年(平成二十九年)中国のツアーを考えている」と、声をおかけいただき、不安は尽きませんが、了承させていただくこととなりました。

 しかし、現実逃避が好きな愚かな私は勉強もロクにせずに、今年(平成二十九年)に入ってしまいました。パンフレットが出来たということで、わざわざそれをお持ち下さり、改めて見てみると、「私なんかでこのような大役が務まるのだろうか。まして海外にはほぼ行ったことがないから、参加される皆様や添乗員様にご迷惑をお掛けするのではないか」との考えが頭をよぎりましたが、一旦お受けした責任があるので、よほどの理由がない限り参加させていただき、勉強させてもらおうと、ある種開き直りに近いものとなりました。

 今回のツアーで行く西安は、お大師様(弘法大師空海上人)のお師匠様である恵果和尚が勉学をなされた大興善寺や、お大師様が真言密教を伝授なされた青龍寺、三蔵法師で有名な玄奘三蔵が求法の旅へと赴いた西門、帰国後に訳経をなされた場所である大慈恩寺、経典や仏像などを納めていた大雁塔、イスラム教徒の礼拝所である清真大寺(モスク)、また観光名所として名高い始皇帝関係である兵馬俑や、玄秀皇と楊貴妃の別荘である華清池、また拓本を作っていることで有名な碑林博物館に行くというものでした。

 さてここで、私は同行人として何を勉強していけばいいのであろうかと考えておりましたら、まずお大師様関連の場所については、ほんの少しではありますがこれまでにも勉強しておりました。他に仏教的な場所を考えると、玄奘三蔵法師の事です。しかし、玄奘三蔵については勉強を全くしていません。そこで、とりあえず玄奘三蔵の事を勉強するために、その当時読んでいた本を終わらせました。

 言い訳となりますが、仕事などが急に忙しくなり、中々読書をするという時間が持てず、結局今年(平成二十九年)の初夏辺りから読み始めました。最初に読んだ本は「大唐西域記(玄奘三蔵著、水谷真成訳)」で、これはいわゆる地理書となります。当時玄奘三蔵が訪れた国などはどのような場所はどこにあり、風俗はどうか、何を信仰しているかなどを記したものです。記憶というのは曖昧ですから、私達も書いて残したりしますが、それと一緒です。特に、未開地の情報は多くあって困ることはありません。玄奘三蔵が見聞きしてきたものをずっと書いているのを読み、地図を見ながら一緒に旅をしておりました。(ある方が地図を見ながら読んだほうがいいとのご指摘がありましたので)

 ここで問題が起こりました。本当は「玄奘三蔵 大唐大慈恩寺三蔵法師伝(慧立・彦悰著、長澤和俊訳)」という本を読みたかったのですが、大唐西域記が思うように進まなく、このままでは皆様にお話しができないと思い、一旦大唐西域記をやめて、大唐大慈恩寺三蔵法師伝を読み進めることにしました。

 西遊記は皆様ご存知かと思いますが、孫悟空や猪八戒や沙悟浄が三蔵法師のお供をし、鬼や悪龍などをやっつけながら、天竺(インド)へ進んでいくという痛快な小説です。これは創作された話ですが、実際の玄奘三蔵は学徳兼備であり、深い信仰心、真摯に生き、真摯に努力と研鑽を続けていくという、本当の僧侶でありました。(このような方々のやっていることの程度を知ると、自分が不出来であるとよくよく思い知らされます)

 子供の頃に、僧侶になる資格を兄がとるということで玄奘三蔵はついてきたが、その頃は年数が足りなかった為に外で待っていた時の事です。その人選をされる方が幼い玄奘三蔵見た時に、その才覚を見抜かれたとあります。


人選の官使は大理卿の鄭善果(ていぜんか)という人で、彼は人の才能を見抜く力があった。玄奘を見てハッとした彼は、「お前は誰の子か」と尋ねた。玄奘が氏姓を答えると、さらに次のように問うた。
「お前は度を求めているのか?」
「そうです。ただ私はまだこの道に入ったばかりで、学業も僅かであり、応募できません。」
「出家してどうするつもりか」
「はい、心は遠く如来のあとをつぎ、身近ではその遺法を輝かしたいと思います。」(「玄奘三蔵 大唐大慈恩寺三蔵法師伝」 慧立・彦悰著、長澤和俊訳)



 子供の頃の玄奘三蔵は神童とも呼ばれているほど、素晴らしい方であったというのが前述としてありましたので、上記のような事があっても何ら不思議ではありません。それから先は更に勉学をしていましたが、経典が足りないと気づき、求法の為に、自らの命を省みることなく、天竺へ向かう事となりました。

 それからは長いので省略しますが、玄奘三蔵の人となりがよく分かる素晴らしい本でしたが、全部読み切る前に出発の日が来てしまうというお恥ずかしい事となってしまいました。(言い訳になりますが、お盆中は読むことができなかったので・・・)どこまで読めたかというと、玄奘三蔵が様々な経典や仏像などを携えて、無事に中国に戻ってこられたところまででした。
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