仏教解説

20 仏教とはなにか -初期仏教- ①

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 これまで仏教の開祖であるブッダの事を見てまいりましたが、これよりは客観的に初期、中期、後期仏教について書いていこうと思います。

 仏教の成立については詳細をこれまでにも述べてまいりましたが、今一度ふれてみます。ヒマーラヤの山麓が後代なインド大平原に連なるあたり、現在のネパール領に、シャークヤ(釈迦)族の小国があり、その王族の一人である浄飯(じょうぼん:スッドーダナ、シュッドーダナ)王の長男として、ゴータマ・シッダールタは生まれました。誕生直後に母であるマーヤー(摩耶)夫人と死別し、亡母の妹であるマハー・プラジャーパティー(摩訶波闍波提)が王妃となって、この養母に彼は育てられます。

 多くの仏伝から可能なかぎり粉飾を除いて考察すると、ゴータマは、少年時代、王族に相応しい教育を受け、安楽な生活のうちに、十六歳でヤショーダラ(耶輸陀羅)と結婚し、のちに長男であるラーフラ(羅睺羅)を得ました。しかしゴータマは、幼い頃から思索にふけることが多く、二十九歳のとき、全てを放棄して出家し、一介の沙門(サマナ:修行者)となります。南下してガンジス河に二人の仙人を相次いで訪ねて道を求め、その後の六年間は断食を含む苦行に励みます。しかし身心の衰弱と消耗とに対する反対から苦行を捨て、ブッダガヤーのアシュヴァッタ(ピッパラ)樹(無花果樹、菩提樹)のもとで瞑想の日々を送りました。

 ついにゴータマにさとりが開かれ(成道)、ブッダ(覚者)となりました。このブッダの語は当時のインド一般に用いられて、ゴータマ・ブッダの独占ではありませんでしたが、やがては仏教のみに固有の名称となります。


 ブッダの語は、中国に伝えられた初期にはブドかブトかに転じたらしく、当時は浮図や浮屠などの音写が見られます。それは古代日本に伝来し、フトの読みにケを付け、フはホに近づいて、ホトケという日本語となります。末尾のケについては現在も異説が多いといわれています。中国における音写は、やがて佛が一般化し、この佛の字は人と弗との合成によります。弗には、不と同じ、または仄か(はっきりと分からないくらい、わずかに現れるさま)の意味があり、佛は「人であって人でないごとき」とも説明されます。大翻訳家の玄奘(六百~六百六十四年)以降は、佛陀(仏陀)の音写が定まりました。(他にはクマーラジーヴァやパラマルータ、アモーガヴァジュラなども有名な大翻訳家です)

 ブッダには多くの異名(名号)が知られます。娑家族の出身にちなんで釈迦仏とも呼ばれ、また聖者をあらわすムニを付けたシャークヤ・ムニ(釈迦牟尼)は、釈尊と略し、この呼称が最も広く、長きにわたって使用されてきました。この釈尊は釈迦牟尼世尊(世尊は尊称の一つであるバガヴァンの訳)の略ともいわれます。

 名号の総数は百を超えますが、これらの他には、タターガタ(如来)の語が流布し、それはタター(真理・真実・真如)とガタまたはアーガタ(ガムの「行く」と、アーガムの「来る」の過去分詞の合成語)、つまり真実の体現者、理想的人格の完成車、真実より到来したものなどの意味があります。如来の語も上述のブッダと同様、古代インド一般の尊称の一つでした。その他を併せて十の名号がよく知られて「仏の十号(如来・応供・等正覚・善逝・世間解・無常士・調御丈夫・天人師・仏・世尊)」といいます。*

*三枝充悳著 「仏教入門」
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