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仏教解説

15 仏教とはなにか -ブッダについて- ⑥

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 仏教の人生観(または世界観)は、人間の苦悩の真相を観察することです。生まれ(生)、老い(老)、病み(病)、死ぬ(死)という必然的な事柄は、人間苦の真相です。日常生活においても、憎む者に遇い(怨憎会苦:おんぞうえく)、愛する者と別れ(愛別離苦:あいべつりく)、欲しいものが手に入らず(求不得苦:ぐふとくく)、要するに、あらゆる物心の要素のもたらすものは苦(五蘊盛苦:ごうんじょうく)です。この苦という事実を認識し、その苦の原因である渇望(渇愛:タンハー)を把握し、その渇望を滅却して、執着をなくなすことに努め、その実現のために、前に述べたような八項目を実践することが勧められます。このように、苦と、苦の原因と、苦の滅却と、苦の滅却への道という四ヵ条(苦集滅道:くじゅうめつどう)に仏教哲学の大綱が尽くされています。

 ただし、苦というのは、必ずしも個人的な意味での肉体的精神的苦痛のみを指すものではなく、また安楽と対立する意味の苦痛でもありません。それは要するに、人間的存在の根本的方式なのであって、解決を擁する問題として提起された人間そのものを、端的に苦の一語で表現したものです。その正しい認識こそは、解決への第一歩であり、それは、道徳的実践(戒律)および宗教的体験(瞑想)によって完成されるのです。

 ブッダの最初の説法の要旨は以上の通りでした。この説法が終わった時、五人のうちの一人は、たちまちその真意を悟りました。そして、五人とも、ブッダに従って、その教えの宣布に専心することになりました。すでに真理を実現したブッダがあり、真理(法)が確率され、少人数ながら教団(僧)が成立しました。この仏、法、僧は三宝とよばれ、仏教の構成要素です。次は仏教がどのように発展していったのかという経過をたどっていこうかと思います。

 ベナレス近郊で宣教の第一声をあげた仏教は、間もなく五十人程のベナレスの青年を加えて、教団としての体裁がそなわりました。彼らは比丘(びく)とよばれました。托鉢によって生活し、精神修行に専心する人という意味です。そこで、ブッダは彼らに向かってこう言いました。

 「比丘たちよ、私は神と人とのあらゆる束縛から脱した。汝らも同様である。比丘たちよ、多くの人々の利益幸福のために遍歴せよ。二人で一緒に行くな。すぐれた法を説いて聞かせ、清らかな生活を示せ。法を聞かなければそのまま滅びるであろうが、聞けば悟る者も世の中にはいる」

 これの時、ブッダが初めて「人々の利益幸福のために遍歴せよ」と、布教の宣言をされたのです。また、この中の「二人で一緒に行くな」というのはどういうことかというと、二人で一つの都市や村に行くとしたら、この二人のうちすぐれたほうが説法し、片方が怠けて努力しなくなってしまうという意味と、すぐれた法を少しでも多くの人々に説くための二つがあげられます。人間の寿命など誰も知らない、いつどうなるか分からないのだから、とにかく急ぎ、すぐれた法を説いていけば、それによって「聞けば悟る者も世の中にはいる」と言われたのです。

 このように教えて、数十人の比丘を四方へ伝道に遣わし、ブッダ自らはただ一人ウルヴェーラーに向かいました。ここではカッサパという三人兄弟とその千人の弟子が、ブッダの法を聞き、それによってブッダに従うものとなりました。これによって急激に増大しました。このようにして、多くの弟子を従えたブッダはラージャガハ(王舎城)に向かい、その郊外の竹林に滞在しました。ブッダの評判は町中に伝わりました。マガダ国のビンビサーラ王は、かねてシャークヤ族の王子の出家したことを知っていましたが、この話を聞くと、竹林に赴き、その教えを聞いて大いに喜び、翌日ブッダとその弟子たちを宮中に招きました。そして、竹林を教団に寄付しました。これが仏教の精舎の起源です。

 当時ラージャガハの町にはサンジャヤという有名な修行者がいましたが、その最高弟子の二人が、サンジャヤの多くの弟子たちを伴って、ブッダの教団に加わりました。この二人はサーリプッタ(舎利弗)およびモッガラーナ(目連)で、教団の最も重要な地位を占めることになります。後にブッダの後継者となるマハーカッサパ(大迦葉)が弟子となったのも、またこの頃のことでした。*


*渡辺照宏著 「仏教のあゆみ」
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~ Comment ~

NoTitle

「生きていれば四苦八苦が避けれない人間」
それを「人間としてのブッダ」に感動してやまないことを理解してこのことを書かれている。
私はそう思います。
(酔っぱらいは意味不明なことを書いて去るのです。)
今日ニホンザルを何匹もみました。
「猿は私の前から去る」(事実を書いてみました)
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