仏教解説

14 仏教とはなにか -サールナート(鹿野苑)の名前-

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 ブッダがかの大樹(ピッパラ樹:菩提樹)の下で悟りを開き、その悟りの内容を伝えることを決意し、まず誰に伝えようかと考えた上で、ともに修行をしていた五人の比丘に対して伝えようと考えました。その比丘たちはかのサールナートにいると分かり、そこに向かい、悟りの内容を五人全ての比丘が理解できるまで話をしていかれた場所です。

 では、なぜ「鹿野苑」と名づけられたのかというと、この名前はジャータカ物語(本生譚)に基づいて名づけられました。では、どのような物語であったかというのを引用させていただきます。



 その(雉王〈ちおう〉ストゥーパ)側、遠からぬ大林中にストゥーパがある。如来が昔、デーヴァダッタと共に鹿の王となり事件を処理した処である。昔、この大林の中に二郡の鹿がいた。それぞれ五百余頭いた。当時、この国王は山野に狩猟をした。菩薩の鹿王は王の前に進み出て、
「大王は中原で狩猟をなされ火を放ち矢を飛ばされます。私たちの仲間は命が今日にも尽きて、日ならず腐りお膳に上(のぼ)せるものはなくなるでしょう。どうか次第を定めて一日に一匹の鹿を送り届けさせるようにお願いします。そうすれば王には新鮮な料理の膳があり、私たちは旦夕(たんせき)に迫った命を延ばすことができます」
と言った。王はその言を善しとし、乗り物を引き返して帰った。二郡の鹿は交代に一匹ずつの命を送り届けた。デーヴァ鹿王の郡中に懐妊している鹿がおり、順番で死ぬことになった。そこでその王に、
「私の身体は死ぬべき順番ではありますが、おなかの子はまだ順には当たっておりません」
と申し上げると、鹿王は怒って、
「誰が命を大事にしないものがあろうか、汝に代わるものがあろうはずはない」
と言った。雌鹿は悲嘆して、
「我が王は仁慈の方ではない。日ならずしてきっと死なれることであろう」
と言い、そこで緊急事態を菩薩の鹿王に告げた、鹿王は、
「何と悲しいものであるか、慈母の心というものは。恩はまだ形をなさない子にまでも及ぶとは。私が今、汝に代わろう」
と言い、そのまま王の門の所に行った。道行く人は声を伝えて大声で、
「あの大きな鹿王が今こちらへ来て町に入って来る」
と叫んだ。都の人は上の人も下の人も馳(は)せより見ないものはなかった。王は耳にするや嘘であろうと思ったが、門番が王にその由を申し上げたので始めて本当にした。王は、
「鹿王はどうして突然来たのか」
と言うと、鹿王は、
「雌鹿が死ぬ番になりましたが、胎(はら)の子はまだ産まれません。心に不愍(ふびん)を忍ことができず、我が身をもって代えることにしました」
と言った。王はこの言葉を聞き、感嘆して、
「私は人身でありながら鹿のような心だ。あなたは鹿身でありながら本当の人である」
と言った。そこで悉く鹿を解き放ち、二度と命を送り届けさせることをせず、直ちにその林を鹿たちが住む叢林(そうりん)とし、これに因(ちな)んで施鹿林(せろくりん)と称した。鹿野(ろくや)の称号はここから起こったのである。*




 これが「鹿野苑」と呼ばれる所以です。つまり、ブッダにとってこの場所というのは、過去に鹿王としていたことがあり、懐妊していた雌鹿を庇い、自分の身を捧げてさえも救うという菩薩道を実践されたのです。

 ここにおいて、デーヴァダッタである一郡を率いていた鹿王が、雌鹿の申し出を受けたにも関わらず、見捨てたという風になっております。おそらく当時の仏教教団は、ブッダと袂を別ったデーヴァダッタを許せなかったからこのような話にしたのではないか、という予想をされている学者の先生方もいらっしゃいます。理由としては、デーヴァダッタがブッダと袂を別った後、独自に教団を成立させているところを鑑みると、一方的に悪者とは言えないのではないかというのが先生方の解釈です。今となってはその本当のところは、現在発見されている経典の中には載っていないというのが現実なので、どちらとも言えません。
 しかし、私もまた先生方の解釈のほうが正しいのではないかと思います。ブッダには伝説が非常に多く残っています。その中で、ブッダを神格化してしまっている部分も多々見られます。となると、神格化しようとすると、デーヴァダッタの思想の違いによって袂を別ったことをどのように処理しようかと考えた結果、謀反人としてしまったとしてもおかしいことはないでしょう。完璧にしようと思えば思うほど、この事件にはブッダには落ち度はなく、全てはデーヴァダッタが悪人であったとしたほうが、つじつまが合うように思えます。どちらにせよ、両者の意見は交わることはありませんが、どちらも純粋な信心による行為だと私は考えます。その信心の程度は非常に素晴らしいものです。


 話しは変わりますが、私はこの物語を見て思うのは、他の人の為にここまでではないとしても、自分の身を賭して助けれるかということです。誰もが自分は大事です。となれば、その大事な自分すら捨ててでも目の前の人を救うのだと決意し、いざその場になったときに揺らがないとなると、それ相応の覚悟がいります。それは、自分の感情が一切入ってなく、ただあるのは純粋に目の前の人をどうにかして救いたいという部分のみだけでしょう。
 私はまだまだこの覚悟が足りていなく、中途半端な結果となってしまったことが最近もありました。本当に情けない話です。しかし、これまでより一層気を引き締め、一つずつ冷静に淡々とただ目の前の事に集中して、感情を入れず、客観的視点で、それでいて常識的なことを言えるよう努力していこうと、このジャータカ物語を見てそう思いました。精進してまいります。


*水谷真成著「玄奘三蔵の旅 大唐西域記1」
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