仏教解説

8 仏教とはなにか -その時代の宗教- ②

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 さて話をもとに戻しますが、前述のようにインドの西北部に侵入して定住したアールヤ人は、次第に東方に勢力を及ぼし、ついにガンジス河流域にまで達するようになりました。

 西暦前五百年頃のガンジス河流域の文化は、すでに伝統が深く根を下ろしていたインダス河地方とは色々な意味で異なっていたと思われます。大小の様々の王国と並んでいくつかの共和国家ができていました。人々は集団で作って村や町に住み、集会を開いて樹の蔭や公会堂で討議しました。議事は満場一致によって決められ、調停委員会が紛争を処理しました。政治を行うのはラージャ(王)でしたが、これは多くは人民が選出しました。経済生活は主として農業に依存し、耕作と牧畜が中心となっていました。しかし農村の他に、鍛冶屋や陶師(陶工)などの職人の村もあり、商工業者のギルドが形成され、都市には巨大な富が蓄積されました。ガンジス河とヒマラヤ山脈の中間にあるジャングル地帯を開拓植民したものもあり、進取の気象はそれだけでも十分に想像できます。

 もちろんこの土地においても、原則としてはバラモン教の特権は認められていました。しかしこの新しい土地においては、政治や経済の新鮮さに相応しいような、新しい精神的基盤が要求されました。新しい土地を切り開いて、ギルドや同業組合を作り、大規模な経済の運営や、新しい都市の建設を試みる人たちが、どうして古い枠の中に留まっていることができましょうか。自分たちが近づくことのできない「ヴェーダ」の経典や、世襲のバラモンだけが持っている宗教上の特権、そういうものだけを宗教と認めることで満足できるなどということはありません。ここに新しい宗教が要求されたのは、もとより当然のことでした。

 それでは、どのような宗教だったのかを見ていきましょう。それはもちろん、新興気鋭に燃える人々に相応しい(満足させる)宗教でなければなりません。伝統や聖典の権威に頼らず、各々が自己の体験と新年とに基づいて、進んで信じることができるものでなければなりません。それは他から与えられるよりも、自ら求めるものでなければなりません。

 こうした社会情勢のともにあって、精神的向上を求める人々は、全てを捨て去り精神的な修行に専心しました。このような人たちをサマナ(シュラマナ・沙門)といいます。バラモンの間でも真理を求める人々は良き師について永い年月にわたり熱心に修行しました。そういう感激すべき物語が「ウパニシャッド」にもいくつか語られています。しかしバラモン教においては既成強権という制限がありました。「ウパニシャッド」における活発で自由な討議や思索も、バラモン教という枠を越えることができませんでした。人間の本性にしたがって、自由に思惟を展開させ、これを行動に移すためには、古い思想では間に合いませんでした。 ここにサマナとよばれる人々の活動する舞台があったわけです。サマナは家庭を離れ、世俗生活を捨てて、林間などの静寂な場所で、精神的修行にふける習わしでした。バラモンとは違って、どんな身分の人でも、どんな家柄の人でも、希望によってはサマナになることができました。世間の人々は、こういう修行者を尊敬し、衣食を供給したから、サマナは生活問題に煩(わずら)わされずに、修行に専念することができました。こういう風習がいつ頃から始まったかは分かりませんが、とにかく西暦前五百年頃には、色々なサマナがいて、中には、数百から数千におよぶ弟子を指導していた人もいました。

 その思想傾向は単一ではありませんが、思索と瞑想とを重要視して、大体において個人の道徳的な修養に重きをおきました。中には極端な唯物論的、現実的な思想をのべて、バラモンの宗教や世間の道徳を嘲笑するものもありましたが、実際に世の中に大きな影響を与え、後世に栄えたものは、宗教的な精神的基盤を確立し、真面目な実践的基準を示して教団を組織したのでした。その代表的なものは時を同じくして出現したジャイナ教と仏教でした。

 この二大宗教は、ただその成立の時期が同じばかりではなく、いくつかの共通点があります。それにもかかわらず、両者の思想が全く同じであったかというと、そうではなかったということは先に述べました。

 この二つの宗教の開祖はどちらもバラモンではなく、第二の階級のクシャトリヤの出身でした。そして伝統よりも個人の体験を重んじ、身をもって示した範例によって、多くの人々に限りない慰安と安心を与えました。しかし、この二人の間にはやはり差異がありました。それは一口で言えば、同じサマナでありながら、ジャイナ教の開祖マハーヴィーラーが「よりインド的」であったのに対して、仏教の開祖ブッダはより「より人間的」でした。こうした差異が、この二つの宗教の運命をあらかじめ規定していたように思われます。言い換えれば、ブッダの宗教は特定の時代、特定の社会を越えて、広く人間の精神生活の様々な部分に適合するようにできていたといえましょう。*


* 渡辺照宏著 「仏教のあゆみ」
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