仏教解説

85 人間としてのブッダ -仏舎利- ④

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 大いなる聖者がクシナーラー(拘尸那竭)の郊外で亡くなられたというニュースは、たちまち諸国や諸部族の間に伝わりました。それを聞き伝えて、諸国の王や諸部族の長たちは、相次いで、使者をクシナーラーのマッラ(末羅)族に派遣して、申し入れをしました。

 マガダ(摩掲陀)の王であるアジャータサッツ(阿闍世)は、使者をもって次のように申し入れました。

 「世尊はクシャトリヤ(刹帝利)の出身である。われもクシャトリヤである。われは世尊の舎利の一分を受くるにふさわしい。われは世尊の舎利塔をつくり、供養を営むであろう」

 舎利とは、「シャリーラ」の音写であって、「身骨」を意味することばですが、とくに、ブッダをはじめとして、聖者たちの遺骨をいうのに用いられます。その遺骨を申し受けたいというのが、かの王の使者の申し入れでした。

 ヴェーサーリ(毘舎離)のリッチャヴィ(離車)族の人々も、まもなくブッダ・ゴータマの訃報を知りました。彼らもまた、ただちに使者を派遣して、「世尊の舎利の一分」を申受けたいと申入れました。その理由づけもまた、「世尊はクシャトリヤの出身である。われらもクシャトリヤである」と述べられ、舎利塔をつくり、あつい供養をいとなむであろうことが約束されています。

 お経の叙述は、そのような型のごとき使者の口上をずらりと並べ記しています。そのような使者を派遣したのは、いまのマガダの王アジャータサッツと、ヴェーサーリのリッチャヴィ族の人々のほかに、さらに、カピラヴァッツ(迦毘羅衛)のサキャ(釈迦)族をはじめとして、アッラカッパ(遮羅頗)のブリ(跋利)族や、ラーマガーマ(羅摩伽)のコーリヤ(拘利)族や、ヴェータディーパ(毘留提)のある婆羅門や、そして、パーヴァー(波婆)のマッラ(末羅)族などがありました。

 それらの使者の口上が、すべて型のようなものであった中で、さすがに、サキャ族からきた使者のそれは、ひときわ輝いて異なるものでありました。それは、

 「世尊はわれらの部族のもっとも優れたまえる存在であった。われらは世尊の舎利の一分を受くるに相応しい。われらは世尊の舎利塔をつくり、あつい供養をいとなむであろう」

 と記されていました。

 しかし、クシナーラーのマッラ族の人々は、それらの使者たちの申入れをことごとく却(しりぞ)けて受けつけなかった。

 「世尊はわれらの村の野において亡くなられたもうた。われらは世尊の舎利の一分をもわかち与えることはできない」

 しかし、使者たちはそれで簡単にひき退(さ)がるわけにはいきません。中には、たとえ干戈(かんか:武器または武力)に訴えてもと、強硬に分与にあずかる権利を主張するものもいました。不穏の空気が、使者たちとクシナーラーのマッラ族の人々の間にわだかまりができました。その情勢を見て、ドーナ(香姓)とその名をつたえられる一人の婆羅門が、彼らの間に分けて入りました。その時、彼が彼らをさとしていったことばを、経典の編集者は、次のような偈(韻文)をもって記しています。

 「みなよ、わたしの言葉をきけ
  われらのブッダは忍の徳を説いた
  この善きひとの遺骨の分配に
  争いあるは好もしからず
  みなよ、落ちつけ、相和して
  仲よく仏骨を分配しよう
  ひろく四方に塔を立てよう
  人々よブッダに帰命せよと」

 この偈もまた、ブッダ・ゴータマの死をめぐるいくつかの偈と同じように、はなはだ素朴にして、かつ古形をそのままに存しているように思われます。そこには、かの婆羅門が彼らを前にして語ったであろうことばが、かなり率直に詠みこまれているように思われます。ただ、残念なことは、彼がどのような婆羅門であったかは、全く知ることができません。

 しかし、道理にみちた彼の発言は、よく彼らを納得せしめる力を持っています。人々は彼のことばに従い、ブッダ・ゴータマの遺骨は、彼によって、平和のうちに平等に分配されました。遺骨の分配にあずかった使者たちは、それぞれそれを自領に持ち帰り、やがて舎利塔をたてて、あつく供養しました。それが「仏骨八分」の物語として、後世長く物語られている物語です。

 そして、その遺骨の分配がやっと終わったところに、もう一つ、ピッパラヴァーナ(畢鉢)のモーリヤ(孔雀)族の使者の一行がつきました。彼らもまた、さきほどの型の通りの口上をもって、かの聖者の舎利の分与にあずかりたいと申入れをしました。しかし、そこにはもはや分かち合える舎利はありませんでした。

 「世尊の舎利はもうない。それらはすでにことごとく分配せられた。では、残れる灰をもって行かれるがよい」

 以上のやり取りがあり、モーリヤ族の使者は、ただ灰のみを得て、それを自領に持ち帰り、灰塔をたてて供養をいとなみました。そして、ドーナという婆羅門のためには、ただ、空(から)になった舎利壺のみが残されていましたが、彼もまた、瓶塔をたてて供養したといいます。
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