日常

過去の私、今の思い

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 先日、納経軸(四国八十八ヶ所と高野山の納経をしてきたもの)の表装を頼みたいという依頼があり、お軸がお寺へ届きました。合計七本でした。当山が出しているお軸の表装のカタログの中の2つに本数が書いてありました。しかし、どのお軸がどの表装なのかが記載されていなかったため、中の絵柄を確認することになりました。中身を確認すると、絵柄はすべて同じということが分かりました。そこまではよかったのですが、当山の書いているところを見ると、数年前に私が書いたものでした。
 最近よくあることなのですが、勤めだしてからの最初書いた納経が戻ってくると、すぐに「書き直させてほしい」と思ってしまいます。それほど字が下手だったのです。(いまも下手ですが・・・)

 大学より戻ってきた当初は、自分なりに努力していると思っていたのですが、いまから考えると、それは努力になっていなかったと言っても過言ではありません。(当時は本気で努力していると思っていました)


 では、当時どのようなことを考えていたのかというと、当時の私なりに仕事を頑張らないととは思ってやっていたのですが、空回りしていたのだと思います。頑張るというのが漠然としていたため、全く具体性がなかったのです。頑張るといっても「何を」という具体的な目標がなければ、それに向かって努力をするということができません。つまりは独りよがりです。だから、一緒に仕事をしている人から指摘をされたとしても、自分で指摘されたことの理由が分からず、そのままになっていました。指摘してくれた人がどんな思いで言ってくれていたのかということも考えもしないで・・・。


 今はどうだろうかと考えると、まだまだできていないところは多いし、迷惑をかけることも多いですが、指摘されたことの意味を考え、反省し、それを直すために努力をしていこうと思っております。ここまでくるのに紆余曲折ありましたが、つまりは「自分だって間違ったことをする」と考えたからです。この見地に立てば、「自分では悪気がなくても、他人迷惑をかけてしまうことが往々にしてある」と思えるのです。


 間違いは誰にでもあります。一生懸命努力した結果失敗するのは仕方ありませんが、何も努力しないで失敗するという愚行だけは避けたいと思い、できる限り自分で色んなこと(仕事以外のものも)を背負っていき、重くて倒れそうでも、前に進んでいこうかと思っております。それで倒れたとしても、引き起こしてくださる有難い存在が近くにいらっしゃいます。この方々の期待に応えるためにも、今日より明日、明日より明後日、ほとんど進んでないかもしれませんが、少しずつ進んでいこうと思います。
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