仏教解説

80 人間としてのブッダ -聖者の死- ④

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 アーナンダ(阿難)は、いま明らかに、この聖者の死が近いことを知りました。彼はそっとその場を外して、一人さめざめと泣きました。

 「ああ、わたしはまだ学ばねばならぬことがおおいのに、師はもうわたしをのこして逝(ゆ)かれるのか」

 というのが、彼の心に出てきたものでした。

 やがて師は、アーナンダが傍にいないのに気がついて聞いてみると、彼は向こうの方で泣いているといいました。「では、アーナンダを呼べ」ということで、やがて彼が、病床の傍らに帰ってくると、師はこの弟子に語りかけていいました。

 「アーナンダよ、悲しむな。泣いてはならぬ。わたしはいつも教えていたではないか。すべて愛する者とは、ついに別れねばならぬ。生じたものはすべて、滅する時をもたねばならない。
  アーナンダよ、なんじは、ながい間にわたって、このわたしによく仕えてくれた。それは立派であった。このうえは、さらに精進して、すみやかに所期の境地をうるがよい。
  アーナンダよ、あるいは、なんじらのうちに、かく思うものがあるかも知れない。―われらの師のことばは終った。われらの師はもはやない―と。だが、アーナンダよ、そう思うのは間違いである。アーナンダよ、わたしによって説かれ、教えられた教法と戒律とは、わが亡きのちに、なんじらの師として存するであろう」

 そこにもまた、ぎりぎりの一線にまで突きつめられた仏教のあるべきありようが、明快に語り出されています。

 やがて、ブッダ・ゴータマは、同行の比丘たちをことごとく病床のまわりに呼びよせて、彼らにいいました。

 「比丘たちよ、なんじらのうち、なお、仏のことや、法のことや、僧伽のことや、あるいは実践のことなどについて、なんぞ疑いもしくは惑(まど)いをのこしているものがあるならば、いま問うがよろしい。後になって、―わたしはあのとき世尊の面前にありながら、問うことを得なかった―との悔(く)いをあらしめてはならない」

 この一句は非常に感慨深く思います。この師はいま病いの床に臥して、まもなくその生涯を閉じようとしています。その場にいたっても、この師はなお弟子たちの問いを促しています。後になって、あのとき聞いておけばよかったと、悔いを残してはならないといっているのです。もしもこの世に「人類の教師」ということばに相応する人がいるとするならば、それは誰よりもまず、この師ブッダ・ゴータマでなくてはならない筈であろうと私は思います。

 しかし、比丘たちは、誰も問うものはいませんでした。この師は二度、そして三度、問うことを促しました。だけど、みんな黙ってうなだれていました。それもまた無理もないことです。いま、この比類なき聖者の臨終を目の当たりにして、声を出すことのできるものはいなかったとしても、少しも不思議ではありません。その時、アーナンダが、その場をとりなして、師の前に申していいました。

 「世尊よ、まことに稀有なことでございます。世尊よ、もはや一人の比丘とても、疑いもしくは惑いをのこしているものはないと思われます」

 それから、厳粛な沈黙の時間がしばらく続きました。その沈黙もまた、病床の師の静かなことばによって断たれました。

 「では、比丘たちよ、わたしは汝らに告げよう。―この世のことはすべて壊法(えほう)である。放逸(ほういつ)なることなくして精進するがよい。―これがわたしの最後のことばである」

 そして、この比類なき聖者は、じっと眼を閉じて、永遠の静寂の中に入ることになったのでした。


 さて、自らの死に際した時にブッダ・ゴータマと同じことができる人がどれほどいらっしゃるでしょうか。お恥ずかしながらいまの私にはできません。どちらかというと自分のことに必死で周りを見る余裕がないのではなかろうかと思うからです。生と死は表裏一体、いつどうなっても冷静に、自分が亡き後の事を少しでも考えられるようにしたいと、常日頃から考えてはいるのですが、現実はそう簡単にいきません。師と同じことをとまではいいませんが、できれば最期は後悔なく、少しでも後の事を考えれるようにしたいものです。
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