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仏教解説

79 人間としてのブッダ -聖者の死- ③

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 「アーナンダよ、わたしはつかれた。横になりたい。あのサーラ(沙羅)の双樹のあいだに床(とこ)を敷いてもらいたい」

 やっとクシナーラ(拘尸那竭)の城壁が見え、それを抱(いだ)くようにして、その手前にサーラの並木が、東から北へと連なっています。一行がそこまで辿りついた時、ブッダ・ゴータマが、アーナンダを返り見ていったことばはそれでした。

 「畏(かしこま)りました。世尊よ」

 アーナンダは手早くその準備をしました。床を敷くといっても、彼らが携えているのは、「ニシーダナ」(尼師壇)とよばれる簡単な座具(ざぐ)だけです。それをアーナンダが、根本の連なった二本のサーラの樹の下に敷き整えると、師は、頭を北に向けて横になりました。その寝姿は、右脇を下にし、右足の上に左足を重ねておりました。いわゆる「獅子臥」であったと、お経の叙述はまことに詳細に記しています。

 さらに、お経の叙述に従っていくと、その時、サーラの双樹は、季節外れではありましたが、花を開き、虚空からは香華(こうげ)が降ってきて、如来のからだに降り注ぎ、また、微妙(みみょう)な音楽が天の方から聞こえてきたといいます。それらは全て「如来供養」のためであったとするのが、お経のことばの説明です。それらのお経のことばは、疑いもなく、この比類なき聖者の最後の場面を、最高の荘厳(しょうごん)でもって描き出そうとする古典的手法に違いありません。それらの描写に続いて、そこに記し残されているブッダ・ゴータマのことばは、遥かにそれらの古典的手法をこえて、昔から現在まで光輝くものでした。

 「アーナンダよ、サーラの樹々は時ならぬに花をひらき、虚空からは香華がふりそそぎ、微妙の音楽は天の方にあってかなでられようとも、如来は、かかる手法をもって崇(あが)められ、尊(たっ)とばれ、供養せらるべきものではない。アーナンダよ、比丘もしくは比丘尼、優婆塞(うばそく=男性の在家信者)もしくは優婆夷(うばい=女性の在家信者)にしてよく法を知り、法にしたがって行ずるものこそ、この上もなく如来を崇め、尊とび、供養するものであると知らねばならぬ。さればアーナンダよ、なんじは、ただ、<法を知り、法にしたがって行ずべきである>と、かく学ばなくてはならぬ」

 それは、少々不思議な叙述です。さきの古典的手法をもって描かれた一節は、このブッダ・ゴータマのことばによって、叩きつぶされています。お経の叙述としては、なんといっても、前後が矛盾しているといわざるをえません。しかし、その矛盾の中にも、この師の思想の真骨頂は、かえって印象深く語り出されています。

 考えてみると、それは他人事(ひとごと)でもなんでもありません。私たちは、今日でも、仏前に香華をおまつりし、綺麗に荘厳し、そしておまいりすることをもって、仏教者としてのなすべき事柄が終わるとします。だからこそ、いまこの師は、これらは決して「如来供養」の道ではないというのです。なんじらはただ「法を知り、法にしたがって行ずる」ことに専念するがよいというのです。ぎりぎりまで突き詰めていえば、その他には仏教者のなすべき事柄はないのです。いま、この比類なき聖者は、まもなくその生涯を終わろうとしています。その最後の時を前にして、この師のおしえは、もはや少しの仮借もなく、ひときわ明確に語り出されていることが、感じ取られるのです。


 ブッダ・ゴータマは、まさに死の直前、極限状態でなお、自身のことではなく、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷たちのことを心配しています。法に従い、法を実践することこそが、本当の世尊を見る、これは「サンユッタ・ニカーヤ」の中に記されていることばですが、まさにそのことを伝えているのです。
 ブッダ・ゴータマは、この世でやるべきことをしたからこそ、自身の後悔はありません。私はまだまだ後悔ばかりですので、少しでもその後悔がなくなるよう、善いことも悪いことも人に話し、棚卸をしていこうかと思います。いつの日か死がおとずれたときには、おどおどせずすることなく、穏やかな最期を迎えることができるように。
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