仏教解説

75 人間としてのブッダ -最後の旅- ④

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 パータリガーマ(巴吒釐村)の渡場をわたると、ヴェーサーリ(毘舎離)の都はさほど遠くありません。そこは、ラージャガハ(王舎城)やサーヴァッティー(舎衛城)とならぶ繁華な都市であって、その辺りにおいても、ブッダ・ゴータマは、いたるところで、乞う人々のために法を説きました。

 そして、一行がヴェーサーリの都にいた頃、あのインド特有の雨期がはじまりました。雨期がくると、ブッダ・ゴータマの僧伽(さんが)は、いわゆる雨安居(うあんご)に入ることを定めとしていたので、師は弟子たちに次のようにいいました。

 「行け、比丘たちよ、なんじらは、このヴェーサーリのあたりに、友人、知人をたよって雨安居に入るがよい。わたしもまた、ヴェールヴァガーマ(竹林村)において、雨安居に入るであろう」

 その村はヴェーサーリの郊外にあります。そこで過ごしている間に、この師の老い衰えた身軀は、ついに病にかかってしまいました。インドの雨期といえば、それは恐ろしいばかりの湿度と暑気の季節です。おそらくは、その老衰した身体が、その暑さと長雨にたえかねたのでしょう。お経のことばは、「その苦しさは死ぬばかりであった」と記しています。しかし、ブッダ・ゴータマは、その精神力をもって、その病いと戦いました。

 「わたしは、ここで死んではならない。わが弟子にも告げず、最後の教訓をものこさずして死ぬことは、わたしにとって相応しいことではない。わたしはいま、気をたしかにして、この病いに耐え、寿命を保持しなければならぬ」

 そして、この師は、よくその老いおとろえた身軀をもって、その病いに打ち勝つことを得ました。

 雨期もようやくにして終わり、ブッダ・ゴータマの身体もようやく回復し、久しぶりに外に出て休息しているとき、侍者のアーナンダ(阿難)は安心した面持で、晴れ晴れとした声で師に語りかけました。

 「世尊よ、世尊はすこやかになられました。こんな嬉しいことはございません。世尊が病いあつく、お身軀もすっかり衰えたもうた時には、私は、四方がすっかり暗くなって、どうしたらよいかも解らなくなってしまいました。だが、その時、ふと、わたしは、〈世尊はこの比丘僧伽(びくさんが)のことについて、なんにも仰せられないで亡くなられる筈はない〉と、そう思った途端に、いささか心に安堵を覚えることができました」

 師のかかっていた病に際しては、四方がまっ暗になるような思いであったといいます。そのアーナンダの心痛と狼狽は容易に察することができるでしょう。しかし彼は、その時、この師が仏教教団のことについて何事かを仰せられずに亡くなる筈はないと思っていたといいます。

 それは、いったい何を意味するのかというと、この師が亡くなる前には、きっとその後嗣(あとつ)ぎ、ブッダ亡き後この教団の指導者もしくは統率者を指名するだろうことを期待していたのです。


 しかし、この考えはすぐに師によって訂正されるものとなるのでした。
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