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仏教解説

74 人間としてのブッダ -最後の旅- ③

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 「いざ、アーナンダ(阿難)よ、アンバラッティカー(菴波羅園)へ行こう」
 「畏(かしこ)まりました、世尊」

 このお経のことばは、ブッダ・ゴータマの最後の旅のはじまりを、そのような一句をもって語りはじめています。「アンバ」とはマンゴーの樹のことです。その林縁の入り口には、大きなマンゴーの樹があって、その実の熟する頃には、あの特融の香りを四方にただよわせていたといいます。

 その地は、ラージャガハ(王舎城)の北方数里にあります。老いたる師のあとには、侍者のアーナンダをはじめとして、多くの比丘がそれに従い、まっすぐに北を指して、しかし、悠々たる旅程でした。アンバラッティカーからナーランダ(那蘭陀)、ナーランダからパータリガーマ(巴吒釐村)、そして、ブッダ・ゴータマは、その到るところにおいて、教えを乞う人々のために法を説いていきました。それらの説法の様子を、このお経の叙述は、いつもの類型化された表現をもって次のように記しています。

 「これが戒(かい)である。これが定(じょう)である。これが慧(え)である。戒とともに定を修(おさ)めれば、その効果は大きい。定とともに慧を修すれば、その利益は大きい。慧とともに修められた心は、もろもろの煩悩より解脱することをうるであろう」

 パータリガーマというのは現代のパトナで、昔も今もガンジス河の中流の要衝にあたります。そこに渡場があって、それを渡ったガンジス河の北岸は、もうヴァッジー(跋耆)の領域です。マガダ(摩掲陀)の国の人々が、この師とその弟子の比丘たちを見送ることのできるのは、ここまででした。

 やがてブッダ・ゴータマが、その渡場に立ちます。その情景を、お経の叙述によって思い描いていくと、たくさんの見送る人々、その中には、ラージャガハ(王舎城)やナーランダから、はるばるここまで随いてきた人もいます。前に出てきたマガダの王アジャータサッツ(阿闍世)の大臣ヴァッサカーラ(雨勢)も、ブッダ・ゴータマの近くにいたことでしょう。やがて、彼は何か感銘にあふれたような顔をあげて、この聖者に語りかけます。

 「大徳よ、今日沙門ゴータマのお出になられた門を、今日より以後、〈ゴータマの門〉と命名いたしたいと思います。大徳よ、やがて沙門ゴータマの渡られるであろうガンガー(恒河)の渡場を、今日より以後〈ゴータマの渡し〉と命名いたしたいと思います」

 しかし、この大臣がこのように尊敬にあふれたことばをもって語りかけるその人は、すでに老いさらばえて見る影もありません。その肩にまとっているものは、相変わらずの壊色(えじき)の衣です。少しの権勢も彼にはありませんし、一握りの財宝も彼は持っていません。それは、ふと見れば、みすぼらしい年老いた沙門が、とぼとぼと渡場に向かって歩く姿の他のなにものでもありません。

 しかし、ここに集まっていた人々は、この老いたる沙門の旅立ちを、名残惜しんでこの渡場まで見送ってきました。彼らの中には、いつの日かまた、この師に会う時があるだろうかと、悲しみに心を閉ざしている人もいました。今夜からは、この師のいます方に足を向けて寝ることはしないと思いを定める人もいました。そそて、先ほどの大臣の提言は、せめてこの聖者の名をいつまでも、かの門とこの渡場にとどめたいとするものでした。

 ここで〈世尊〉ということばを考えてみましょう。〈世尊〉とは、世の人々がこぞって尊敬するところという意味に違いありません。そして、尊敬とは、ただ人格に対してのみ当てはまり、人格のみが唯一の尊敬の対象であるといいます。しかし、この人は、立場は無い上に、何一つ持っていない老いた沙門にしか過ぎません。でも、世の人々がこぞってこの人の前に最高の尊敬を捧げます。それは、権勢への追随でも、財宝のためでもありません。そこにはただ、この師の人格のみがただ一つの尊敬の対象として存するのみです。そこに、〈世尊〉ということばの真の意味、生ける姿を見ることを得たように思うのです。


 時に人は、執着があればあるほど、人の持つ地位や名誉、財宝を目当てにへこへこと頭を下げるのを見ますが、そこにあるのは尊敬とは全く反対のものです。ここでブッダ・ゴータマに対して頭を下げている人たちを見てみると、ただただ尊敬する人への思いと、別れを惜しんでいる姿しか見えません。ブッダ・ゴータマが様々な人々からどのように思われていたかということがよく分かります。
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