仏教解説

60 人間としてのブッダ -故郷の人々- ④

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 「あの人たちはみんなサキャ族中の第一級の家がらの出である。ことにバッディヤにいたっては、選ばれてこの国の政治の最高の地位にある。その地位をも、その家柄をも、彼らは幣履(破れた履物)のように捨てさってゆく。それほどにすぐれた道であるならば、わたしもまた行かねばならない」そこで彼は、彼らから受けとった荷をほどき、衣服や装身具を道のかたわらの木に懸けました。誰でも持ってゆくがよいというしるしです。そして、彼もまた身ひとつになって、彼らのあとを追いました。

 やがて彼らはアヌピア(阿奴夷)の村についてブッダ・ゴータマを拝し、その許において出家し修行するものになりたいということを乞うと、その願いはただちに許されました。しかし、彼ら七人のうち、まず誰から出家の儀式をうけるかということになったとき、バッディヤ(跋提)たちが口をそろえていったことは、まずウパーリ(優波離)からということでした。それをこのお経のことばは、次のように述べています。

 「われらは俗世にありしころ憍慢になれてまいりました。しかるに、ここにあるウパーリは理髪師としてながくわれらに仕えてきてくれました。世尊よ、ねがわくはこのウパーリをまず出家せしめたまえ。さすれば、われらはみな彼を先輩の比丘として敬礼し、合掌し、尊敬することとなります。われらはそれによって過去の憍慢を除くことを得るでありましょう」

 そのウパーリ(優波離)は、出家して以後は戒を持することにおいてもっとも厳粛であり、やがては持戒第一の誉れをもって十大弟子のひとりとして数えられるようになりました。それのみならず、ブッダ・ゴータマの死後まもなくいとなまれた経典編集の会議(結集)においては、戒律の誦出者(ブッダ・ゴータマの戒律を最初に唱える役目)としてその編集の最高の責任をとったのはこの人でした。

 他の六人の中で、もっともよく知られているのは、アーナンダ(阿難)ならびにアヌルッダ(阿那律)です。

 アーナンダは、なによりもこの聖者の常随(常に傍にいて身の回りのお世話をすること)の比丘として知られています。その常随の期間はおよそ二十年を越えます。それによって、私たちは彼らの出家がだいたいいつ頃のことであったかを推測することもできます。

 また彼は、その長い常随からとうぜん、ブッダ・ゴータマの教えをもっとも多く聞く機会がありました。それがやがて、多門第一と称されるようになり、十大弟子のひとりに数えられるようになりました。そして、上にある経典編集の集会においては、ウパーリと並んで、教法の誦出者(ブッダ・ゴータマの教法を最初に唱える役目)として、その編集におけるもっとも重要な役割を果たすものとなりました。

 アヌルッダは、天眼第一と称を与えられ、彼もまた十大弟子のひとりとしてその中に列せられました。よく知られるエピソードによると、彼はブッダ・ゴータマの教説の坐において、不覚にもうとうとと座ったまま寝てしまいました。教説が終わったのち、「なんじは何のために出家せしや」と、ブッダの叱責をうけました。それより奮起一番した彼は、やがてその肉眼を失ったが、よく心眼を開くことを得て、天眼第一と称されるようになったといいます。

 そのようにして、ブッダ・ゴータマは、故郷においてもすぐれた弟子たちを得ました。それは、この聖者にとってもっともうれしいことの一つであったに違いありません。しかし、その反面においては、その教団における最大の不祥事もまた、そのとき故郷において弟子となった一人を中心として引き起こされます。その弟子の名前はデーヴァダッタ(提婆達多)といいます。その詳細についてはまた改めて述べることとします。



 昔のインドの人々は、文字というものがなかったためすべてを記憶していましたが、ブッダが伝道の旅をしてからすでに幾年も経っており、ブッダ入滅後はその説法をたくさんの弟子の比丘たちが、それぞれに少し違うことばでもってブッダの教説をいっていました。このままではブッダの教えがバラバラになってしまう危険性があったので、上にもあったように、多門第一であるアーナンダを教説の誦出者として、またウパーリは戒律の誦出者として選ばれ、たくさんの比丘たちを集めて結集(けつじゅう)というものを開き、ブッダの教説を統一することとなりました。このことについてもまた後ほどふれる機会もあるかと思います。


 しかしながら、この聖者の時代に生きていたインドの人々というのは驚嘆に値します。なぜなら、一語一句を正確に覚えている人がたくさんいたからです。現代の人の中で、それだけの記憶ができる人がどれほどいるかといえば、皆無に近いといっても過言ではないでしょう。現代に生きる私たちが見習わなければならないことが多々あります。
 温故知新(故〈ふる〉きを温〈たず〉ねて新しきを知る)のことば通り、過去を学び、現代に即したかたちでそれを活用してゆかなければなりません。私も上記にもあった真の友情(損得勘定抜きで、まず相手の事を真剣に考える)をまずは見習い、実践していこうかと思います。
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