仏教解説

58 人間としてのブッダ -故郷の人々- ②

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 さて、ここまで読んでこられた皆様にはすでにご承知の通り、ブッダ・ゴータマが成道されて後、四十五年間にわたってすぐれた伝道の生涯をくりひろげました。その間にわたって、ブッダ・ゴータマの声望は、ますます高まっていきました。それとともに、郷土の人々がこの聖者によせる気持ちは、純粋な誇りと信頼とをもって満たされたものとなりました。そこではもはや、以前に出てきたブッダ・ゴータマを非難することばは、まったく無縁のものとなりました。

 あるお経(『スッタニパータ』四、一五、「執杖経」)によれば、ある年の帰郷にあたって、ブッダ・ゴータマは、はからずも、サキャ(釈迦)族の人々とコーリヤ(拘利)族の人々の水争いに遭遇して、その仲裁をしたこともあったといいます。この二つの氏族は、ローヒニーの流れを差し挟んで住んでいる胞族です。日頃はいたって仲のよい親密な関係であったそうですが、なぜこの時に争っていたのかというと、天候の異変でした。旱魃(かんばつ)のために、ローヒニーの河の水が少なくなってしまったのです。この水は、農耕でもって生きる彼らにとっては一大事なことでした。ローヒニーの水をできるだけ多く、自分たちのほうに引かなければならないと、その切羽詰まった思いが、ついには日頃仲のよかったこの二つの氏族の人々が、河を挟んで相対峙しなければならなくなりました。簡単にいえば、いわば水争いです。お経のことばは、彼らを描いて「杖をとれる人々」と記しています。ここでいう杖とは、お経の用語の中に「刀杖」とでているその杖です。人々はそれぞれ得物を手にして殺気立ち、相対してまさに血を流さんとする場面に、たまたま郷土に帰っていたブッダ・ゴータマが、さっと仲をわけていいました。

 「杖をとれる人々を見よ
  杖をとれるがゆえに怖れ生ず」

 その時、ブッダ・ゴータマが声高らかに人々に向かって説いたことを、お経のことばは、二十一偈におよぶ韻文をもって記されています。その冒頭が上記の二句です。

 彼らは水を求めていました。切に水を求めるがゆえに、彼らは得物をとって相対しています。その得物はやがて人々の間に地をふらせるかもしれません。それは、彼らにも解らないわけではありません。また、それを彼らも恐ろしいことと思わないわけでもありません。その証拠には、彼らの顔は恐ろしさにひきつっていて、彼らの脚はぶるぶると震えています。

 だからブッダは、「杖をとれる人々を見よ、杖をとれるがゆえに怖れ生ず」と指摘したのです。その怖れに勝つためには、まずその手にしている得物を捨てなさいというのです。

 彼らは、静かにこの聖者のことばに従わざるを得なかったことでしょう。なぜならば、その人は、サキャ(釈迦)族の人々にとって同胞であり、コーリヤ(拘利)族の人々にとっては、同じ氏族の女性であったマーヤー(摩耶)の生んだ人です。その人は、いまや、全インドの人々から最高の尊敬を捧げられている聖者としてあります。それは、彼らにとっては最高の誇りでもありました。その人には、いまや彼らは、意義なく従わざるを得ないのも仕方ないでしょう。

 彼らが得物を捨てて、静かにそこに坐した時に、この故郷の聖者は、ゆっくりと彼らに向かって、わたしもかつて、怖れの前に身を震わせて戦慄したことがあったと語りはじめました。

 「われもまたかつて怖れありき
  その怖れをいまわれは語らん」

 その怖れとは他でもなく、生・老・病・死のことです。その不安の前に、彼は「小さな水たまりのなかの魚のように」、心をふるわせたことを語りました。それは、あるいは、この聖者が故郷の人々の前に、自己の出家と動機について語った最初のことばだったかもしれません。

 では、彼はどのようにしてその怖れに勝つことができたのでしょうか。それもまた捨てることによって勝つことを得たのでした。彼らが握りしめる得物を捨てた時に、今まで全身をつつんでいた怖れが、すっと雲のように、または霧のように消えていきました。

 そのように、わたしもまた執着する心を捨てることによって、人間の有限性に関わる不安から、さらりと解放されたのでした。それが、このお経におけるこの聖者の所説の大要でした。
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