日常

愚直

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 私は自他共に認められるほどの不器用者です。物覚えも悪く、応用力もそこまでありません。また、頭では分かっているのに言葉を言いすぎてしまうことも多々あります。「知らないほうが幸せなこともある」という言葉は全くその通りで、知ってしまうと言いずらくなってしまったり、口を開けなくなってしまうこともあります。しかしそれでも許すことができずに言葉を出してしまうことがあります。その(くだらない自分の小さな思いの)おかげで仕事がやりにくくなってしまったり、また私の周りにいる人々にも被害が及んでしまうこともたくさんあります。本当に困った私です。


 たとえば家庭やら職場やらで何かしら諍いがあったとしても、仕事は必ずしなければなりません。それは私だけではなくすべての人に共通することです。学生の人が試験の前には(本当は予習復習もですが)必ず勉強はしなければならないのと同じです。

 それはなぜかというと、自分の仕事だからということに他なりません。どれだけ嫌なことがあろうとも、そのやるべき仕事を放棄してしまったら、結局は後にやらなかった代償としての諸の問題が全部自分に返ってくるからです。いや、それだけではなく、やはり上にも書いた通りに自分の周囲にいる人々までも巻き込み、迷惑極まりない事態を引き起こしてしまうのです。また、それだけではなく、やることをしていないと、自分の居場所すら失ってしまうことにもなります。

 どんなことが起ころうとも、自分のやるべき仕事は決まっていて、それをするかしないかはいつも自分の判断に任されています。たとえ人に嫌味なことを言われたとしても、何があったとしても、仕事をするときはとにかく必死でしなければいけません。そこでどんなことが起ころうとも、その場所で我慢をすればするほど、人間的に成長していけます。


 人間は感情の動物です。同じことを言うにしても、少しのニュアンスの違いで相手を喜ばせたり、また怒らせてしまったりすることも大いにあります。では、どのような言葉を言えばいいのでしょうか。答えは簡単です。とにかく相手に不快な思いをさせないように礼を尽くすということに限ります。なぜそれをしないといけないのか、その答えは「自分がされて嫌なことはしないようしなければならない」ということです。しかし、たとえば誰かに嫌味を言われたり、嫌がらせをされた当事者となると、中々冷静になれずに怒りに捉われてしまうのもまた人間でしょう。かといって、同じことをしてよいのかというと、違うという答えにしかなりません。


 とにかく何を言われたとしても、自分のいまできる仕事を精一杯こなしていくのですが、その仕事のことで、どれだけ周りからどれだけ邪魔をされたとしても、自分の仕事は必ず全うしなければなりません。どんなことにも耐え、嘘をつかず、礼を尽くし、どんな人にも笑顔で対処をする人こそ本当の大人といえるでしょう。


 頭では分かっているとしても、中々できるわけではありません。だからといって努力するのをやめてしまえばそこで成長は一切ありませんし、それどころか人間としての質がどんどん堕ちていってしまいます。少しでもいいから、怒りに流されることがなくなるよう愚直に努力していきたいと、不器用な私はいつもそう思うのです。(思うだけでできておりませんが・・・)
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