仏教解説

55 人間としてのブッダ -外道との対話- ②

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 サーリプッタ(舎利弗)の最初の師は、サンジャヤ・ヴェーラッティプッタ(刪闍耶吠羅底子)という名でした。彼もまた、六師外道の一人であって、その説く内容というのは、かなり極端なものであったといいます。例えば、ある人が彼に向かって、「来世はあるかないか」と問います。すると、この人は、ある時には「ある」と答え、またある時は、「そんなものはない」と答えます。まったくもって要領を得ないものであって、捉えどころがありません。それで、仏教経典では、この人の所説を「鰻論」などといっています。きっとこの人は、愚鈍であって、このような錯乱したことをいうのであろうとも記されています。


 しかし、よくよく調べてみると、彼がそのような言説をなしていた所以は、もっと確乎たる理由があってのことでした。今日の表現をもっていうのであれば、いわゆる不可知論の立場に立っていたのです。世のつねの人々は、もし「来世ありや」と問う人がいれば、ある人は「あり」と答え、またある人は「なし」と答えるでしょう。しかし、それらの答えは、どちらも「一つの判断」に過ぎず、そのいずれが本当の答えであるかということは、誰にも証明することはできません。となると、そのような問題については、むしろ「判断の中止」を主張することこそが正しいのだ、というのがこの師のとった立場であって、それを「鰻論」とよび、また「この人は愚鈍にして」まどと記している経典のことばは、どうやらその所説の真意を捉えそこなっているということになります。


 それがブッダ・ゴータマの所説に近いところがあるといったならば、そんな馬鹿なことがあるかという人も多いでしょう。しかし、ここにブッダ・ゴータマの所説を記す一つのお経(中阿含経、二二一、箭喩経。中部経典、六三、摩羅迦小経)があります。それを、サンジャヤの所説と思い合わせてみると、どういうことになるでしょうか。


 そのお経における対合衆(たいごうしゅ)、つまりブッダ・ゴータマの教えをうける人物は、マールンクヤープッタ(摩羅迦子)という青年の比丘です。彼は、その頃のいわゆる哲学青年だったらしく、当時の新しい思想家たちの間の流行の論題に、しきりに心をひかれていました。その流行の論題というのは、お経の記すところによれば、「この世界は有限であるか無限であるか」とか、「霊魂と肉体はひとつであるか各別であるか」とか、「人は死してのちなお存するか存しないか」などというものであったのですが、彼の師であるブッダ・ゴータマは、それらの論題に対してなんの所見をも示されません。それがこの哲学青年には、どうしても物足りなくて仕方がなかったのです。


 その不満が高(こう)じて、ある日のこと、彼は師の前に到って、もしこれらの論題に対して何かの見解を示されないのであれば、わたしはもう弟子であることをやめて、世俗の生活に戻るよりほかはないと開き直りました。その時、ブッダ・ゴータマが彼のために説いた箭(や)のたとえが、「箭喩経」というお経の題名となっているのです。そのたとえは次のとおりです。


 たとえば、ここに人があって、毒をぬられた箭(や)をもって射られたとする。彼の友だちがかけよって、その箭をぬき、医者を呼ぼうとする。その時、彼がもし、「いや待て、この箭を射たものは誰であるか。その弓はどのような弓であるか。その箭の構造はどうであるか。それらのことがわからないうちは、この箭をぬいてはならぬ」といったならばどういうことになるか。彼は、それらのことを知りうるまえに、死んでしまわねばならぬではないか。

 と、このような譬喩によって、ブッダ・ゴータマがこの哲学青年に教えたことは、そのような戯論(げろん)に心ひかれることをやめて、むしろ、なんじの現実にになえる憂愁苦悩の克服に専念せよということでした。


 では、ブッダ・ゴータマが、それらの流行の論題に対して所見を呈しなかった理由はなぜでしょうか。そのことについて、近代の学者たちは、ふかい関心を示し、いろいろな論議を重ねてきました。その問題についての結論は、そのような論題は生死解脱のためには無用のものであるからとするのは、決して正しい解釈とはいえません。なぜならば、そのような論題が見事に解決されたとするならば、生死解脱のために非常に役立つところが多いはずです。しかし、そこにはとうてい、万人を納得させるだけの解釈はありえません。なぜなら、それらの論題はもともと二律背反、つまりは互いに相反する二つの命題が同等の権利をもって主張することができるものだからです。問題はむしろそれらの論題の性質に依存します。そして、そのような論題に対しては、「判断の中止」もしくは沈黙をもって対処することこそ賢明であるとする点においては、ブッダ・ゴータマとサンジャヤ・ヴェーラッティプッタとは、その思想が決して遠く隔たっているわけではありませんでした。


 お経に記されているところによると、その頃サンジャヤの弟子として思索をしていたサーリプッタは、ラージャガハにおいて、ブッダの弟子の比丘によってブッダ・ゴータマの所説の片鱗を聞くとたちまちその所説の全貌を知ることができたといいます。この叙述の秘密をとく鍵はここにあるのです。この二人の師の説く教えは、サンジャヤがあくまでも「判断の中止」にとどまって、詭弁に似ている言葉を用いていたのに対して、ブッダ・ゴータマは、かかる戯論を遠くこえて、生死解脱の道に専念すべきことを教えています。サーリプッタが、サンジャヤの弟子として、その所説を十分に理解しながらも、なお満足できないことを痛感していたのはそのためであり、また彼が、ブッダ・ゴータマの所説の片鱗を聞いて、これこそがと、すぐさまブッダのもとに向かい、弟子となったのもこれらの理由であったに違いありません。しかも、彼は一人でブッダのもとに行ったのではなく、かねての約束に従って、その友であるモッガラーナ(目犍連)にこのことを語り、結局は彼ら二人、そして彼ら二人を慕っていた同門の二百五十人とともに、ブッダ・ゴータマのもとに行き、弟子となりました。お経の言葉は、その時サンジャヤは「口より熱血を吐けり」と記しています。それは、彼が切歯扼腕(歯ぎしりをし強く腕を握りしめること)して悔しがったことの表現に違いありませんが、それによってサンジャヤの教団が被った打撃は決して軽いものでなかったということは、簡単に想像することができます。しかし、そのようなことも、真理を追究する思想家たちの間においては、やむを得ないことでした。
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