仏教解説

54 人間としてのブッダ -外道との対話- ①

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 ブッダ・ゴータマにとっては、婆羅門たちより、むしろもっと身近な存在は外道たちでした。
 仏教の文献を読んでいると、「沙門」や「婆羅門」ということばに出会います。それを現代のことばに翻していうとすれば、「思想家たち」という意味になるでしょう。なぜそうよばれているのかというと、ブッダ・ゴータマの時代のインドにおいては、思想家もしくは知識人という人というのは、沙門もしくは婆羅門の他にはなかったからです。


 その二つの知識人たちのグループにおいて、婆羅門というのは、すでにこれまでも書いてきましたが、古き聖職者たちのことであり、それに対して沙門というのは、いうなれば新しい思想家たちのことを指すことばであって、ブッダ・ゴータマもまた、その沙門の一人に他ならなかったのです。当時の人々が彼を呼ぶときは「沙門ゴータマ」といっているのが何よりの証拠であり、彼がカピラヴァッツ(迦毘羅衛)を出て、髭と髪を剃り落とし、袈裟衣をまとい、在家の生活を捨てて、出家の修行者となった姿が、沙門ゴータマの姿に他ならなかったのです。


 その沙門たちの中には、ブッダ・ゴータマより以前に、すでに広く名の知られた人物も少なくありませんでした。その中でも、その代表的存在として六人の沙門たちが挙げられ、その沙門たちは「六師外道」という名でもって語られています。以前に書いたコーサラ(拘薩羅)の王パセーパディ(波斯匿)が、はじめてブッダ・ゴータマに会見した時にも、その王は、先程の六人の代表者である沙門の名前を並べ、彼らは教団をもち、弟子をもち、有名であり、多くの人々に認められていますが、「あなたはまだ年も若く、出家してからなお日も浅いではないか」などと語っています。他には、あるお経(長部経典、二、沙門果経)は、当時の新しい思想の体様を知ることができるのですが、その中には、現代の表現をもってするのであれば、唯物論を説くものもあります。不可知論を説くものもあります。はたまた、快楽主義を主張するものもあれば、詭弁を振り回すものもあります。しかし、それをいまはいちいちを紹介をすることはできませんが、まさに百花繚乱として咲きいでる思想の花畑といった様を呈しており、それはあたかも、ギリシャのソフィストの時代、あるいは、中国の諸子百家の頃を思い出させるものもあります。さらにいえば、ソフィストの間からソクラテスが出てきたように、諸子百家の中に孔子があったように、ここに出てきている六師外道をめぐる思想の花畑の中から、やがて大きな姿を現したのが、ブッダ・ゴータマその人だったのです。


 後代の仏教文献は、そのような新しい思想家としての沙門たちをひとくくりにして「外道」といっています。仏教以外の思想家たちという意味となります。その用語は、時代が下るにつれて、悪いニュアンスをまとって用いられるようになりましたが、元をただせば、彼らもまた、ブッダ・ゴータマと同じく、その思想の花畑の中にあって、それぞれに新しい思想を説いた新しい思想家たちでした。その中には、ブッダ・ゴータマがまだ道を求め、師を訪ねていた頃、彼らの元へ赴き、教えを受けたこともあったはずです。あるいは、ブッダ・ゴータマの新しい思想が広く人々の注目するようになったころには、ブッダの元を訪れてその思想を聞こうとする沙門たちも少なくありませんでした。中には、これもまた以前に書いたことがありますが、あのサーリプッタ(舎利弗)のように、最初は別の思想家に師事していたものが、ブッダ・ゴータマの思想の片鱗を聞くやいなや、すぐさま友であるモッガラーナ(目犍連)、並びに同門の人々とともに、彼の元へ投じることとなったのですが、それもまた、新しい思想家たちの間においては、やむを得ないことであったことでしょう。
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