仏教解説

53 人間としてのブッダ -婆羅門との会話- ③

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 ここで、ブッダ・ゴータマが、かのミガダーヤ(鹿野苑)においてなされた初転法輪、つまり最初の説法の中で語ったよく知られている一節を思いおこすと、増谷先生は書かれています。それはなぜか、一緒に見ていきましょう。

 「憎しむものに会うのは苦である。愛するものに別れるのは苦である」という一節です。また、これを漢訳にしたがってみるならば、「怨憎会苦(おんぞうえく)」であり、また「愛別離苦(あいべつりく)」です。
 もしも、ブッダ・ゴータマが、同じ時代の人の中で、「怨憎」でもって相対すべき人がいたとするならば、それは、何よりもまず最初に婆羅門たちであったといわざるをえないでしょう。なぜならば、彼らは古い思想家、また宗教者であって、その思想と行動の中には、彼らと摩擦が生じる可能性が、少なからずあったからです。たとえば、以前に言及した業(ごう)の主張などは、その最たるものでなければならなかったのです。
 しかし、その摩擦を蔵された状態ではありましたが、いつもブッダ・ゴータマの善処によって、それが顕わになることはありませんでした。なぜならば、怒りに対して怒らなかったからです。しかし、これは決して妥協ではありません。「いかれるものにいかりをかえさぬ者は、二つの勝利をうる」ことを知っていたからです。怒りの感情の中に自己を投入するかわりに、理性の冷静によって対話する道を選んだのです。そして、その道は、摩擦が生じる多くの可能性をはらんでいた婆羅門たちとの間にいても、諍いが起きず、常に平和であったのです。

 相応部経典の第七には、「婆羅門相応」と称するお経があります。そこには、ブッダ・ゴータマと婆羅門の出会いを記しているお経(二十二)が集められているのですが、その中には、はじめから好意をいだいてブッダ・ゴータマに接した婆羅門の事例が、その半ばにも及んでいます。そのような事例もあげておかなければ、その時の真相が分からないままとなるでしょう。

 その中の一例として、「提婆比多(デーヴァヒタ)」とよばれるお経(相応部経典、七、一三)は、風邪をわずらったブッダ・ゴータマと、それを助ける婆羅門の好意を題材として、悲しくも美しい物語を描いています。

 この物語の舞台もまた、ブッダ・ゴータマがサーヴァッティー(舎衛城)の郊外の精舎にいたときのことです。お経にはいきなり、
 「その時、また世尊は風気をわずらいたまい、尊者ウパヴァーナ(優波婆那)は世尊の侍者であった」
と記されています。風気といえば風邪のことですが、この師はしばしば「背痛」をわずらったことが、他のお経にみえています。おそらくは、この場合も、寒さと疲労とで「背痛」をおこされたに違いありません。その痛みに耐えかねて、ブッダはウパヴァーナをかえりみていいました。
 「ウパヴァーナよ、どこかで温湯をもらってくれまいか」
 侍者の比丘は、衣をつけ、鉢をもって、精舎を出発し、やがて旧知の婆羅門デーヴァヒタ(提婆比多)の家に到着すると、黙してその門前に立ちました。すると婆羅門が出てきて、なにがほしいのかと問いました。
 「この世の阿羅漢(あらかん)にましますブッダは
  いま風気をわずらいたもう
  婆羅門よ、もし温湯のあらば
  かの聖者のためにめぐみたまえ」
 婆羅門はよろこんでその求めに応じました。彼はまず、温湯を作り、それを一つの桶に入れて、家人(けにん)に持たし、尚且つ一瓶の糖蜜を取り出して、それをウパヴァーナの手に渡しました。
 やがて、ウパヴァーナは、温湯をになえるかの婆羅門の家人と一緒に精舎に帰ってきました。そのおかげで、ブッダ・ゴータマは温湯でもって沐浴することができました。そして、ウパヴァーナは、その温湯で糖蜜をとかして、それを師に渡しました。それによって、ブッダ・ゴータマは、まもなくしてその病に打ち勝つことができました。
 翌日、その婆羅門は、ブッダ・ゴータマをお見舞いをするために精舎を訪れました。すでに病より回復していたブッダ・ゴータマは、あつくその婆羅門の好意を感謝し、尚且ついろいろと法に関する談話をしました。それは、平和と好意とに満ちた古き宗教者と新しい思想家の、美しい思想的対話でした。
 そして、ここでもまた、その婆羅門デーヴァヒタは、この師の説く教えに心惹かれ、
 「今日より以後、命終るまで、われを優婆塞(在家の信者)として受納したまえ」
 と願いでて、ブッダ・ゴータマに従うものとなったというのが、このお経の最後のことばです。

 それは、悲しいお経の記述です。なぜならば、そこに描かれているのは、病めるブッダ・ゴータマの姿だったからです。しかし、それは、翻してみれば美しい物語であるといわざるをえません。なぜならば、ふつうであれば、憎しみあい、争うべき立場である人々ですが、好意で助け、そのことに感謝し、最後は美しい思想的対話をかわしているからです。


 病になるということは、人間として生きるには避けて通れないことですが、やはり人が病に倒れているのは見ていて辛いものがあります。通常であれば思想的見解が異なっている人場合は激昂することが大半ですが、それとは逆に、自分のできることをなし、お見舞いをするために師のもとへ訪れ、ブッダもまた、自分のためにしてもらったことに対しては感謝でもって返し、おそらく自然の流れで思想的対話をしたということがなにより素晴らしいと思います。おそらくは、「一も二もなく、困っているのならできることをしなければならない」という、正しい人間として当然の行動だったのではないでしょうか。

 「自分(の小さな考え)を捨てろ」と身近にいる人々からよく私はいわれますが、今回の内容はそれをまさに体現している人であったのです。まさに急いで実践したい事柄の一つに挙げられます。精進していきます。
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