日常

移り変わる

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 ある時同僚の方が、以前に私が購入していてまだ読んでいない本を見て、とある子供向けの本を紹介していました。その内容を聞くや否や、すぐに注文をし、数日後にその本が届きました。なぜ子供の絵本を早急に購入したかったのかというと、そこには「いのち」について考える本だったからです。
 その絵本の全容は、これより購入する人がいるでしょうから紹介は致しませんが、作者はこの絵本を書くにあたって次のようなメッセージを書いております。

 この絵本を
 死別の悲しみに直面した子どもたちと 死について的確な説明ができない大人たち 死と無縁のように青春を謳歌している若者たち そして編集者バーバラ・スラックへ 贈ります。
 ぼくは一本の木であり バーバラはこの十年間かけがえのない葉っぱでした。(レオ・バスカーリア著「葉っぱのフレディ -いのちの旅-」)


 私たちは常に一定の様相で、病気もせずに、死ぬこともない人間であると考える人は存在しないでしょう。私たちは一日ずつ成長していくと同時に、一日ずつ年老いていき、いずれは死んでしまいます。さて、この「死」というものが怖くないと断言できる人がこの世にどれほど存在しているのかと考えると、それほど多くないように思います。なぜなら、人間は突然、「死」の宣告を受けると、それを受容することができずに絶望してしまうからです。
 ただし、全員が絶望してしまうのかというと、そうではありません。これに関しては以前に私が出したブログの「精一杯生きる」をご参照ください。


 「精一杯生きる」に登場した岸本博士の心境と、この絵本には通ずるところがあります。大樹の葉っぱであったフレディは、自分の近くにあった友人の葉っぱたちが、冬になるにしたがってどんどん「引っこし」していき、それを見たフレディが悲しみに打ちひしがれて物知りであるダニエルに質問をします。

 「引っこしをするとか ここからいなくなるとか きみは言ってたけれどそれは―」とフレディは胸がいっぱいになりました。
 「死ぬ ということでしょ?」
 ダニエルは口をかたくむすんでいます。
 「ぼく 死ぬのがこわいよ。」とフレディが言いました。「そのとおりだね。」とダニエルが答えました。
 「まだ経験したことがないことは こわいと思うものだ。でも考えてごらん。世界は変化しつづけているんだ。変化しないものは ひとつもないんだよ。春が来て夏になり秋になる。葉っぱは緑から紅葉して散る。変化するって自然なことなんだ。きみは春が夏になるとき こわかったかい? 緑から紅葉するとき こわくなかったろう? ぼくたちも変化しつづけているんだ。
 死ぬというのも 変わることの一つなのだよ。」(レオ・バスカーリア著「葉っぱのフレディ -いのちの旅-」)


 このレオ・バスカーリア博士は哲学者ですので、絵本というより思想書(哲学書)よりになるのは仕方ないのですが、この通りではないでしょうか。人間だって一日ずつ変化していきます。赤ちゃんから幼児、子供から青年となり、大人となります。これらの変化の中で私たちは恐怖に感じることはなかったでしょう。また、生まれてきてよかったかという問いも最後に出てきますが、私も、また皆さんも、生まれてきてよかったかという質問の回答は、もちろん「よかった」といえます。それはなぜか、私たちは生まれてきてからこれまで、そしてこれからも、誰かのために何かを成していくからです。それがどのような形であったとしても、私たちのやっていること、言っていることが、誰かにとっての少なからず幸せになることだってあるのです。(たまに人間としてどうかと思う行動をする人がいるのも事実ではありますが・・・)


 近年では、このかけがえのない「いのち」を軽視する傾向が非常に強くなっています。しかし、「いのち」は軽いものでは決してありません。親からいただいたこの限りある「いのち」を大切にして生きていく、これこそが私たちの生きる目的となっていくのです。どのようなことがあったとしても、それに挫けることなく全力で努力していく、そうすればうまくいっていないはずなのに、日々を笑って過ごせるようになります。このようになればこの「いのち」を十分に活かしていることになるでしょう。(非常に難しいですが・・・)


 「移り変わる」ということは、「成長することができる」ということでもあります。できることを精一杯やっていき、いまは悪い見本がたくさんあるでしょうが、いずれは家族の見本となるべく努力していきたいというのがいまの私の目標です。そして、いずれは「死と生について考えるようになった家族」へ向けて、「葉っぱのフイレディ」を一緒に読み、「生きる素晴らしさ」ということを一緒に考えていきたいという夢もあります。
 死に近づいていくのが怖いというのではなく、日々移り変わっていくことは楽しいと考え、自然と「頑張らなきゃ」と思えるように・・・。
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