仏教解説

47 人間としてのブッダ -時代背景-

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 ブッダ・ゴータマの時代には、社会的の中心は、村から町へと移動していました。
 古代インドでは、村のことを「ガーマ」といいます。中国の訳経者たちは、それを「村」とはせずに、「聚落」という訳語をあてています。その理由は、今日の私たちの常識では、村と町との相違は、なによりもまず人口の違いにあります。しかし、「ガーマ」は、どんなに人口が少なくても、また多くても、どこまでも「ガーマ」なのです。そこに、同じ血筋につながる同じ部族のものだけが住んでいるかぎり、それはどこまでも「ガーマ」でした。その考えかたのなによりの証拠は、この「ガーマ」ということばそのもののなかに名残りをとどめています。それは、地域的には村を指すことばであると同時に、さらに遡ってみると、その同族のなかで最も年長の「おばあさん」をいうことばでした。そして、その「おばあさん」の血筋につながる人々が同じところに住んでいるのが、それが「ガーマ」に他ならなかったのです。そのような「ガーマ」を単位とする社会生活が、ブッダ・ゴータマからほど遠からない時代までの、古代インドのありようでした。

 このような古代インドの社会構造は、ブッダ・ゴータマが世に出てくる少し前の頃から、大きく変りはじめていました。「ナガラ」つまりは古代都市の出現がそれにあたります。それは、王たちの政治的活動の舞台でもありました。長者たちを中心とする新しい経済活動も、それらを中心として営まれました。そして、堅固な城壁をめぐらした都市の中では、異なる部族の人々が、軒(のき)を並べて住み、協力してそれぞれの生活活動を繰り広げていました。

 これまでに言及したものでいえば、ラージャガハ(王舎城)やサーヴァッティー(舎衛城)、バーラーナシー(波羅捺)やコーサンビー(憍賛弥)がそれにあたり、王はいませんでしたが、ヴェーサーリ(毘舎離)が共和政体をもった古代都市でした。そして、それらの都市の新しい活気にみちた華々しい存在に対して、これまであった「ガーマ」は色あせ、古めかしい存在になってしまっていたというのが、この時代の社会変動のありようでした。

しかし、都会というものは、いまも昔も変わらずに、それだけで存在できるものではありませんでした。ここにおいて、私たちが注意しないといけないところは、これらの古代都市が、ことあるごとに「都市国家」という概念で語られていたことです。このようなことばを聞くと、私たちはアテネやローマなどの古代都市は、その都市だけで国家を形成していたかのような錯覚に陥ります。しかし、たとえば、あの狭かったアテネの城壁のなかで、彼らの食物である穀物がとれ、牛や羊などが飼われていたわけではありません。あるいは、彼らの輸出するオリーブ油がとれたわけではありません。その政治と経済と文化を独占するのは、都市の城壁の中に住む人々であったに違いありませんが、それを支えるものとして、さらにアッティカ(アテネの周辺の地域名)という背後地の生産活動を見落としてはいけないのです。

 そして、新しくフット・ライトに照らし出されているブッダ・ゴータマの時代のインドの古代都市の場合も、またそうだったのです。ラージャガハの背後には、肥沃なマガダ(摩掲陀)の平原に生産活動を続ける多くの「ガーマ」があり、またサーヴァッティー(舎衛城)の後ろには、コーサラ(拘薩羅)の村々に住む人々の生産活動がありました。

 それぞれで作られた生産物は、直接城壁のバザーに持ち込まれ、また「アーパナ」と呼ばれた陳列場に並べられ、他にはある種の生産物は、都市の門外に設けられた「ニガーマ」と呼ばれる市場にまで運ばれて、そこで売られていました。たとえば、サーヴァッティーの門外には、魚屋の「ニガーマ」があり、バーラーナシーの場外の十字路には、鹿の肉を売る「ニガーマ」があったそうです。また、野菜を売る八百屋もまた、門外の「ニガーマ」に店を建てるのが通例であったようであると古い文献に記されています。

 このようなことをくどくどと述べるのはほかでもありません。これまでに、ブッダ・ゴータマが王と出会い、また長者に出会って法を説いた場合のことをたくさん出してきました。それは、精舎ができ、仏教の基礎が次第に整ってきた過程を書いてきたためでした。それはいうまでもなく、それらの人たちのためだけにブッダの教化活動は行われたわけではありません。この人はまた、町や村に赴いて、多くの庶民たちに出会い、彼らの上にもその手を差し伸べた人でした。これより先は、ブッダ・ゴータマの教化活動について語っていこうと思います。それをいうにあたっては、まずその舞台である村や町や、そこでの生活はどのように営まれていたのかというさまを描き出し、眼を閉じればその光景がイメージできるようにと、いささかくどくはなりましたが書いてまいりました。これよりはさらに面白いものが見えてくるのではないでしょうか。さらにブッダの足跡をたどってみましょう。
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