日常

道を示す

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 今月(十月)中旬に友人の結婚式がありました。その結婚式の際に私に手伝ってほしいことがあるということで、結婚式の四日前に友人のお寺で習礼(練習)を行いました。


 私の役は、教授と承仕(じょうじ)の二役を仰せつかりました。司会と用事全般といえばわかりやすいでしょうか。とにかくそのような役が当たっておりました。私が一番最初に到着し、案内をしていただき、本堂へと入っていきました。ご本尊様をお参りし、本堂内を見渡しているところに戒師さんがこられました。皆さんが揃うまで、戒師さんとおはなしをしていると、うちの祖父より二級下とのことでした。ということは、私の敬愛する先生の一人である宮坂宥勝先生の講義を受講されていたはずです。そのことについてお尋ねしてみると、「私は当時学がなかったから、先生の高尚な講義は理解できなかった」と笑っていっておられました。しかし、そういいつつ戒師さんは、宮坂先生に教わったことを誇らしそうにしておられました。このような話を聞くと、私も過去に戻れるのであれば、昔の先生方の講義をぜひとも受講してみたいと思わずにはいられませんでした。
 そのようなことを話しているうちに全員集まったので打ち合わせがはじまりました。


 そして、打ち合わせが終わったところで、中食をいただくことになりました。まさか中食を用意してくださっているとは、本当に有難いことです。中食をいただいている間には、様々なお話しをしておりました。特に、この戒師さんは、写真が大好きで、マグネシウムでフラッシュをたいていた時代からカメラを持って走っていたということを、写真屋さんたちとともに盛り上がっておりました。専門用語がたくさん出てきていましたが、私はカメラが趣味ではないためそこまで理解することはでませんでした。おそらく、好きな人は面白かったことでしょう。
 一時はカメラの話に華を咲かせていましたが、それもひと段落しました。そして、自分と、私たちがいまいるお寺の先代の住職さんの話になりました。昔の僧侶の在り方が見えるので、このような話には俄然興味がわきます。


 戒師さんの学生時分はカメラを持って走っていたというのは先の通りなのですが、三十ぐらいのころは、いつかお寺を出てやろうと考えていたそうです。また、その当時、戒師さんは教員もされていた、つまりは僧侶と教員の二つの職をしていました。

 そんなある日、自分の中でふと疑問が出てきたそうです。その疑問は、漠然としていたため、明確にどのような質問をしようかというのはわかっていなかったそうです。そして、いま私たちがいるお寺の住職さん(戒師さんの先代住職さんの弟子)に相談に行くことにしました。
 お寺の玄関先で「失礼します」と声をかけると、その住職さんは戒師さんを見ると「まあ入れ」といい、その住職さんのことば通りに後をついていきました。すると、火鉢の置いてある部屋に入ってそこで座らされるとすぐに、「お前の悩んでることを当ててやろうか!」といわれ、ドキッとしたそうです。(ちなみに物凄く怖い住職さんだったそうです)そして続いて、「一つの道でないといかんぞ!」といわれたそうです。

 戒師さんの解釈としては、「二足の草鞋をはくな」ということだと言っておられました。「それはその通りだ」と頷いて聞いておりました。どの道にしても、一つのことに集中してやらないと、どれもが中途半端になってしまうからです。(稀に完璧に近いぐらいこなす方もいらっしゃいますが)しかし、戒師さんは、「今の職業、つまりは僧侶という一つの道を歩けるようになるには、それから十数年かかった」といわれました。どうしてだろうと思っていると、続けて「それには訳がある。実は、私の親の師匠が住職をしていたお寺(兼務しているお寺)があって、その住職さんが遷化(亡くなる)されたので、私の兄弟子がそのお寺に入ることになった。しかしそこは檀家さんが少なくて、どうしてもそれだけでは食べていくことができなかった。だから、私の教師の給料を全額その人に渡して生活をしてもらっていた。それから十数年が経ち、檀家さんが増えてきて、檀務だけで食べていけるようになって、ようやく教員を辞め、僧侶の道一本でいけるようになった。遅くはなったけど、そこでようやくここの先代の住職さんとの約束を果たすことができた」と、懐かしい目をされていっておられました。

 これを聞いた私はとても驚きました。理由があったとしても、はたして自分の働いた給料を、知っている人だとはいえ全額渡すことができるでしょうか。戒師さんは「(入っていただいているのだから)しょうがないことだ」と、笑っておられました。すごいことをされているのに、それを自慢することはせずに笑っていました。本当に大きな方です。

 そのことも素晴らしかったのですが、一番驚嘆すべきは、先代の住職さんが戒師さんにいわれた「一つの道を進め」という言葉です。戒師さんはこの言葉によって、今後の自分の進むべき道を決めることができたのです。「本当の宗教者というものは、短い言葉で道を示す」と、ある先生が書いてあったことを思い出します。となれば、この一言によって道を示された住職さんは、まぎれもなく本当の宗教者だったのです。


 私が知らないだけで、本当の宗教者は近くにも実際にいらっしゃっるということが分かりました。今回は結婚式のお手伝いということで、そこまで深い考えを持たずに来させていただきましたが、その御縁により、非常に有難いおはなしを聞かせていただくことができました。以前より「本当の宗教者になりたいな」という目標を漠然と掲げておりましたが、今回のおはなしを聞いていたら、少しではありますが、どのような人が宗教者なのかということを見出すことができたような気がします。
 「一言で道を示す」、言葉では簡単でも実践は非常に困難です。しかしながら、晩年を迎えた頃には、それが少しでもできるように努力していきたいと思いました。



 ちなみに結婚式では、総代さん(檀家さんの中の代表者)が最後の万歳三唱の挨拶をしておられましたが、本当に新郎のことを「いい住職さんが来てくださった」と何度も何度も言われていました。おそらく、彼に変わる以前の住職さんが、檀家さんとともに苦心しながらでも努力してこられた結果、このような信頼関係を築くことができたことは火を見るより明らかです。ぜひ彼には、この総代さん、また檀家さんたちに対して、皆さんが彼に抱いている期待以上のものを返せるよう努力していただきたいと思います。(私を含むのはもちろんですが、もう一人私とともにこの結婚式をお手伝いしていただいた友人も、努力していただきたいです)


 それはさておき、良い結婚式でした。おめでとうございます。
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