四国遍路

高野山記念参拝 準備編 その3 「四国八十八ケ所記念法会」 ②

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 刈萱堂から少し歩くと、一の橋に辿り着きます。お水場にて手と口をゆすぎ、境内へと入っていきます。大学時代にも、また修行時代にも行き慣れ、卒業してからも何度もお参りしていた場所でしたが、なぜか今回はいつもと違った雰囲気を感じたというか、今まで見ていたはずなのに、はじめて見たといったような思いがしました。おそらく以前にはあまりなかった「信」が、今ではほんの少しですがあるように感じました。


 さて、五月に来させていただく際に、皆さんにご説明をできるようにしなければならないので、マップを見ながら色々なところに目を配ることにしました。さまざまな武将のお墓や、高野山内外のお寺のお墓、在家のお墓、会社のお墓、先師様のお墓などなど、たくさんのお墓の間を歩いて奥之院の御廟へと向かっていきます。中には、高野山を焼き討ちした織田信長のお墓もございました。どうしてこの地を焼き討ちした武将のお墓を奥之院におまつりしているのでしょうか。その理由としては、仏教の根本である「寛容」がそれであるといえましょう。このようなおはなしがあります。

 インドのヴィデーハ国の王妃は、六牙(ろくげ)の白象(びゃくぞう)の夢を見た。王妃は、その象牙をぜひ自分のものにしたいと思い、王にその牙(きば)を手に入れたいと願った。王妃を愛する王は、この無理な願いを退けることができず、このような象を知る者があれば届け出よ、と賞金をつけて国中に触れを出した。

 ヒマーラヤ山の奥にこの六牙の象がいた。この象は仏に成るための修行をしていたのであるが、あるときひとりの漁師を危難から救ってやった。ようやく国へ帰ることができたこの漁師は、この触れを見、賞金に眼がくらみ、恩を忘れて、六牙の象を殺そうと山へ向かっていった。

 漁師はこの象が仏に成るための修行をしていたので、象を安心させるために袈裟(けさ)をかけて出家(しゅっけ)の姿になった。そして、山に入って象に近づき、象が心を許しているさまを見すまして毒矢を放った。

 激しい毒矢に射られて死期の近いことを知った象は、漁師の罪をとがめようともせずに、かえってその煩悩(ぼんのう)の過ちを哀(あわ)れみ、漁師をその四つの足の間に入れて、報復しようとする大勢の仲間の象から守り、さらに、漁師がこの危険をおかすに至ったわけを尋ねて、彼が六つの牙を求めるためであることを知り、自ら牙を大木に打ちつけて折り、彼にこれを与えた。白象は、「この布施行によって仏道修行を成就(じょうじゅ)した。わたしは仏の国に生まれるであろう。やがて仏と成ったら、まず、あなたの心の中にある貪(むさぼ)り・瞋(いか)り・愚かさという三つの毒矢を抜き去るであろう。」と誓った。(『仏教聖典』より抜粋)

 「あいつがこうしたから、私はあいつにこれをしてやろう」などといった仕返しなどをして一体何になりましょう。そうではなく、このおはなしのように、過去にどれだけのことをしていようとも、その人のその後を思い、供養をする、これこそが仏教でいうところの慈悲に他なりません。私もこのようなことばがいえるよう努力していきたいものです。


 そういえば、話は前後しますが、修行中に「汗かき地蔵」というところのお地蔵様を、おまいりを欠かさずにしていました。なぜだろうかと思い、そのいわれを見てみると、「私たちが自分の犯した罪のせいで苦しんでいるこの苦しみを、慈悲によって代わって受け、そのために汗を流しておられる」といったようなことが書かれてありました。つまりは、苦しんでいる衆生のために、自ら望んでその苦しみを受けられている、はたしてそれはどれほどのことでしょうか。例えば、他人が苦しんでいるその根本を簡単に代わることができるでしょうか。まさに自分のことではなく、まずは人の為に何かを成すという菩薩行の象徴とでもいうべきものです。だから修行中に欠かさずおまいりしていたのだとようやくこの時分かりました。この菩薩行は、今の私からするとはるか遠くのところにありますが、できることを少しずつして、このお地蔵様に近づいていこうと思いました。


 また、それだけではなく、奥之院には無数の老杉(ろうさん)があります。この杉木立の間を歩いていくわけですが、ものすごく大きな老杉がたくさんあるのです。これが一番圧巻されたところでした。大いなる生命の間を歩いていく、なんと贅沢なおまいりでしょうか。本当に有難いところで大学生の時分はいさせていただいていたのだと、卒業後八年経った今ようやく気づきました。もっと早くに気づいていれば、今より相当マシになっていることでしょうに・・・(今の程度も低いですが)


 そして奥之院、燈籠堂の前に着きました。以前に祖父が大導師を務めさせていただいた場所です。今回はゆっくりとおまいりすることができるので、燈籠堂の前でお賽銭を入れ、一礼をし、まずは拝ませていただきました。続いて外の納骨堂でまた拝ませていただき、ようやく御廟の前に辿り着きました。ローソクとお線香、お賽銭をおまつりし、御廟前にておつとめをさせていただきました。今までもおつとめをさせていただいてきたのですが、その頃とは気持ちが違っているせいか、拝み終わると本当に清々しい気持ちになっていました。なぜだといわれるとどう答えればいいのか分かりませんが、そうなっていたのです。有難いと思いながら、帰路へとつきました。


 今までここに住んでいて何をしていたのか、それを思い返すと恥ずかしいことしかしていなかったように思います。なぜおまいりにくるのだろうかということすら、あまり考えていなかったからです。しかし、今ならなぜおまいりに来るのかという意味がよく分かるようになりました。それが分かっただけでも、今回奥之院におまいりに来れたというのは非常に良い経験であったことと思いますし、また、五月に来させていただく際には、少しはマシなご案内ができるように思います。

 そんなことを考えながら、一の橋に向けて歩き出しました。
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