日常

精一杯生きる

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 いのちを大切に生きるとはどういうことか、早島先生の本と、お遍路さんに教えていただきました。

 宗教学の権威である岸本英夫博士は、長年闘病生活をされておりました。その博士が辿りついたところは、恐れに立ち向かい、その恐れを乗り越えることであると気づかれたそうです。そのことについて引用してみます。


 アメリカに客員教授として講義にいき、帰国まぎわに癌と診断され、あちらの病院で手術をうけて帰国された。それから何回か手術をくりかえされた。手術をする、また再発する、といった具合で、晩年になるに従って、再発の期間がしだいに短くなっていった。博士は、いても立ってもおれない気持におそわれた。とくに、夜、就寝の時になると、日中忘れていた癌の恐れと苦しみに悩まされたという。
 そこで、自分の仕事に専念したならば、癌の苦しみが忘れられるであろうというので、一所懸命に働いた。けれども、心はいつもなにものかに押えつけられている。これではいかんというので、博士のことばを借りていえば、自分は「手負いの猪」のようになって、癌からのがれようとつとめた。しかしながら、のがれられないのが癌だと、諦めの気持になった。つまり、自分は、いままで癌の恐怖にたいしても、それから背をむけてのがれよう、のがれようとしていたが、実は、それが誤りだったとわかったのである。
 恐怖は残っている。しかも、その恐怖にわずらわされないということが、癌の恐れを超え、そして死の恐れをも超えることだとさとったのである。
(中略)
 博士が闘病と真理探究の生活を通じて、現代人なりに、死の問題を自身において解決しようと努力したことは、われわれの見習うべき点である。博士の記録は、まさに現代人の新しいバイブルといっても過言ではないであろう。
 岸本博士の最後に到達された境地は、もしもいうことを許されるならば、ブッダ時代の阿羅漢(あらかん)と同じ境地であるといえよう。苦しみを超え、哀しみを超えていくことは、至難である。それにもかかわらず、苦しみも悲しみも、生きている以上、人間存在の本質としてわれわれにつきまとう。人間が人間であることは、苦しみや悲しみを棄てることではなくして、それらを直視してのりこえるしか方法がないとさとるであろう。人間が人間に徹するとき、人間は真の自由を享受する。その自由がさとりである。
(中略)
 「道を見る」人こそ、苦しみや悲しみを超える人である。「道を見る」とは「道を求める」ことであり、「道をさとる」ことである。文化人岸本博士の記録において知られるように、仏教は、解脱とか涅槃ということばを使わなければ、仏教ではないというような、そんな狭いものではない。こうした点を、われわれ現代人は、ゴータマ・ブッダのとられた文化的立場に立ち帰って、いま一度、仏教の実践のもつ現代的意義を考えていきたいものである。わずか二〇ページにすぎない「わが生死観」(岸本博士最後の論文)の結語を引用して、岸本博士がわれわれに呼びかけている博士の御心にふれたいと思う。
「このようにして、死の暗闇の前に素手でたった私は、このギリギリの限界状況まできて、逆に、大きな転回をして、生命の絶対的な肯定論者になった。死を前にして大いに生きるということが、私の新しい出発になった。
 それ以来、私は、一個の人間として、もっぱらどうすれば『よく生きる』ことができるかということを考えている。しかし、そう生きていても、そこに、やはり生命飢餓状態は残る。人間は、一日一日をよく生きながら、しかも同時に、つねに死に処する心構えの用意をつづけなければならない。私は、生命をよく生きるという立場から、死は、生命に対する『別れの時』と考えるようになった。立派に最後の別れができるように、平生から、心の準備を怠らないように努めるのである。
 生命飢餓状態に身をおきながら、生命の肯定をその出発点とする。私は、これまで論じて、ようやく、その出発点まできた。しかし、私はもはやこの稿を終わらなければならない。如何にしてよく生きてゆくか、如何にして『別れの時』である死に処するか、このような問題をすべてあとに残して、しばし筆をおく」(早島鏡正著「人間の願い 無量寿経」)



 あれは平成二十六年の桜の咲きかけの時季でした。宿坊にお泊りいただいたお遍路さんがおられました。そのお遍路さんは、お孫さんと同行されていました。お泊りされた日は、他のお遍路さんもいた為、ゆっくりとお話する機会がありませんでした。次の日の朝、そのお遍路さんが出発をなさるというので、お見送りに外まで出て、話をしていました。お孫さんに「あの大きな杉をさわっておいで」というと、お孫さんは走って杉のもとへと走っていかれました。優しいおじいちゃんだと思っていました。すると、そのお遍路さんからこのようなことばが出てきました。

 「実は、私は八月までしか生きられないと診断されているんです。長く生きても十二月までしか生きれません。しかし、早くに自分の死が分かってよかったんです。その為の準備ができるのですから。以前からお四国へは行きたいと思っていましたが、仕事が忙しく、この年になるまで行けませんでした。ようやく行けると思っていたら、あの子(お孫さん)も行きたいとせがんできて、当初一人で行く予定でしたが、二人で行くようになりました。あの子に残せるものができるからよかったです」

 おそらく、家族はこの方が「遍路に行く」といったとき、誰も止めることをしなかったでしょう。そしてお孫さんは、おじいちゃんの容体がどのようなものかということは知らなかったのではないかと思います。しかし、このおじいちゃんの言動を見ていると、非常に優しいのです。「おじいちゃんとなら一緒に行きたい」と思われても仕方ないと言わざるをえないでしょう。

 一連の流れを見ていて、このお遍路さんのいわれていた「準備ができる」と、岸本博士のいう「心の準備」とはまるで同じだと思わずにはいられませんでした。「死に対する別れの準備」、それは「自分の死に際して恥ずべきことのない人生にする」と、いい換えてもよいのではないでしょうか。また、「残せるものができるからよかった」ということば、すでに自分の心配ではなく孫や家族の心配になっているのです。自分のためではなく家族や人のために尽くす、中々できることではないでしょう。しかし、その顔は絶望しているのではなく、むしろ喜びに満ち溢れているように見えました。

 この出会いからだいぶ時間が経ちました。あのお遍路さんは現在どうなっているのかは分かりません。しかし、どんな状況でもおそらくはあの笑顔でいることだと思います。
 「自身の生に対する別れの時」がくるまでに、私もできることを成していき、その時がくれば、満面の笑みでいられる自分を作りたい、いのちを大切に生きたい、そう思わせていただいた素晴らしい出会いでした。
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